書籍・雑誌

君と僕の壊れたハンサム▽・w・▽

ライトノベル、というジャンルがある。

ジャンルといっても物語全体の傾向を指すわけではなく、昔風に言うならYAを主な読者層に想定した物語の総称。

中高生あたりの世代をターゲットにして、登場人物もほぼ同世代、ミステリーあり、異世界ファンタジーありの品揃えだ。

今、このジャンルに興味がある。

ライトノベルを主な活動の舞台にしている作家の小説をいくつか読んでみて(その時点で本読みの間ではすでに話題になっていたから)、そのいずれもがなかなか面白かったからだ。

『GOTH』の乙一

『ブギーポップ』シリーズの上遠野浩平

を読んでみたのが始まり。

それからいくつか読んでみて、今回読んだのが

『僕と君の壊れた世界』 西尾維新

だ。

若者向けの作品に多く見られるように、この物語も主人公である少年の一人称で語られる。

饒舌にして理屈っぽい文体、でも決して読みにくいということはなくて、作品内容とよく合った語り口。

物語としては、けっこうとんでもない内容なのに、それに違和感を感じることなく、なるほど、このキャラクターならこうするだろうなぁ、と感じられる。

とんでもない、という要素はいくつかあるんだけど、代表的なものをあげれば、一応物語の中で殺人事件が起き、その謎解き、犯人当てがある程度物語の中心に据えられるのに、事件の謎が解かれ、犯人が指摘され、犯人にそのことが告げられても、誰も警察に逮捕されたり、もちろん自首なんてことをしようとはせずに、それまでの日常生活が普段どおりに行われていく、というものだ。

この物語をストレートにミステリーと呼んでしまっていいのか、という問題もあるけど、それはちょっと脇に置いて(どっこらしょっと)考える。

ミステリーという人工的な物語の世界には、人工的であるがゆえの暗黙のルール、みたいなものがある。

例えば、

事件の解決に至るまでの間に、読者に対しても公平に、謎を解き、犯人を指摘するに足るだけの事実が提示されていなければならない、

とか、

真犯人が精神異常者であってはいけない、

とか(それだと、トリックも動機も必要なくなってしまう、という理由。最近のサイコパス、シリアルキラー物は微妙に抵触しないみたいだ、一応動機みたいなものはあるし)、読者も物語の登場人物たちと一緒に事件の謎を解き明かすことについて、作者にフェアプレーを求めたルールが多い。

そのなかの一つに、殺人を起こした犯人は、必ず罰を受けなければならない、というものがある。

これは、警察に逮捕され裁判を受け、受刑する、という一般的な罰の他に、犯人が罪を認めた後に自殺するとか、つまり殺人を犯した人間が、そのまま幸せな人生を歩むことを許さない道徳的な側面が大きいものだ。

このルールがあるがゆえの悲劇的な結末を迎える作品もけっこう多い。

でも、最近のミステリーには、このルールの壁を破ったものが目立つ。
しかも、作者がそのルール破りに悩むそぶりを見せることなく、ひょい、と乗り越えたって感じのものが。

ゴリゴリのミステリーマニアではないので、そこらへんは、まあどうでもいいんだけど、それにしても、この『君と僕の~』のエンディングパートのあっけらかんとした普段どおりぶりは、なんと言うか、スコーンと突き抜けていて気持ちいいくらいだ。

ただ、その普段どおりの世界そのものが…

というのがタイトルにもつながる、この物語世界にしかけられたある意味トリックにもなるわけで、この西尾維新という作者、今更だけど、日常使っている言葉で、その日常をひっくり返してしまうような、すごい物語を描ける作家なんだ、と認識。

今のところ代表作である、『戯言』シリーズも早く読んでみたいものである、うむ▽・w・▽

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夜のピクニックとハンサム▽・w・▽

恩田 陸さんの『夜のピクニック』を読んだ。

嫌な予感はあった。

読み始めてしばらく進んだ24ページ目。

やばい、と思った。
これは…

これは、この本を全部読み終えるまで眠気がやってこないな、という予感。

ある地方の高校に、丸一日をかけて約80kmの道のりをただ歩く行事がある。
代々その高校に伝わる行事で、卒業して何年経っても卒業生の間で何よりの思い出として語られる壮大にして無意味な夜のピクニック『西高歩行祭』。

物語の主人公は二人。
二人ともその高校の三年生で、つまり毎年参加してきたこの行事も今回が最後となる。

一人は男子で名前は西脇 融。
もう一人は女子で、名前は甲田貴子。

二人は同じクラス同士で、ひそかに「できてる」とか、「つきあっているらしい」などと噂されている。

しかし、実はろくに会話を交わしてこともなく、お互いに相手のことを「あっちはこちらを嫌っていると思うよ」と語るくらいに、お互いを避けている関係だ。

この二人、異母きょうだいなのだ。

西脇 融の父親が浮気した女性との間に生まれたのが甲田貴子。

周囲にその関係をひた隠しにしているため、必要以上にお互いを意識してしまい、その不自然さが関係を疑われる理由になっている。

融は意識的に貴子を避けている、というかほとんど無視。
父親の浮気と浮気相手の出産、という事実が露見して家庭は崩壊してしまい、その罪滅ぼしのようにして父親は他界してしまう。
それが数年前。

融はその葬式に現れた甲田親子を怒りと憎しみの目でにらみつけ、未だにその時の気持ちを忘れることが出来ないでいる。

貴子も、その時の融の目、視線の鋭さを忘れることが出来ず、あからさまに自分を無視しいている融への複雑な感情を持て余している。

そんな二人が同じ高校に入り、しかも最終学年になって同じクラスになってしまった。

なんとなく雰囲気が似ていて、お互いを必要以上に避けている様子が親友からさえ関係を疑われることになっていることを、二人は気づかないまま、高校生活最後の行事である『歩行祭』を迎えた…

貴子が自分自身に課したある賭け、とは何か、周囲に二人の関係が明かされる時が来るのか、お互いをきょうだいと認めあうようになれるのか、行事の進行とともに二人の関係がどう変わるのか。

案の定、読み終えた時には夜が明け始めていた。

悪意が無くても物語は成立するし、特別な事件が起きなくても謎は存在し、やがては解き明かされるのだ、ということがこの物語を読むと理解出来る。

二人を取り巻く友人たちの優しい誤解が微笑ましく、強い気遣いが二人を支えている。

もう卒業して二十年以上経つ高校生活だけど、この物語を読み終え、一眠りして目覚めれば、その時代がまた始まるんじゃないか、と感じてしまうような物語。

恩田 陸さん『夜のピクニック』

まさか、まだ読んでいない人はいないと思うけど、もしいたら…早ければ早いほどいい。

是非ぜひ読んでみてください▽・w・▽ノ

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今だけリッチなハンサム▽・w・▽

今月で終わるバイトの掛け持ち。
おかげで生活もすっかり変わり、ついでに職場も替えることにしてやっと精神的にも余裕が出てきた。

バイトを掛け持ちにするとどういうことが起きるか、というと休みが極端に減り、その分仕事をする時間が増える。

もちろん、仕事時間の増加はダイレクトに収入の増加につながっている。
ここ三ヶ月ほどの間、掛け持ちをしている間だけは色々と支払いを終えた後、使えるお金を一日いくらで計算しなければならないような生活からは遠く離れた場所にいられる。

それでも新品の電化製品などは買えない。
オークションを利用して、7500円のテレビデオ、25000円のデスクトップパソコンを買い、さらに今回16000円でノートブックパソコンを買ったけど、みんな中古品。

元々新品で物を買う、といった習慣がなくて、本棚を埋める本も、昔買い集め今は段ボール箱の中で読まれることもなくしまわれている本もほとんどが古本屋で買ったもの。

なんでそんなけちくさい習慣が身についてしまったのか、それを語り始めると42年の人生をかなり始めの方まで振り返らなければならないので省略。

そういえば服も古着屋で買うことが多いな。
身についたけちくさい習慣、ではなくて単に人としてけちくさい可能性大だ。

今日も文庫本を買ったけど、もちろんブックオフで。

村上春樹さんの『ねじまき鳥クロニクル』全三冊、『アフターダーク』。
先日にはコラム集『村上朝日堂はいほー!』と『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』を買ったので、合わせて六冊。

実は『村上朝日堂はいほー!』、これで同じ本を三冊買ったことになる。
多分持ってたよな~とは思うんだけど、なんとなく自信がなくて百円コーナーなんかにあって本のカバーが綺麗だとつい買ってしまうらしい。

今しがた本棚の後列に置いてある過去に買った『はいほー!』を見つけ、「なんだやっぱ持ってんじゃん」と自分に突っ込みを入れて、ふと視線を左に移すとそこにもう一冊の「はいほー!」が。

持っている人には分かる、と思うんだけど、安西水丸画伯描く「はいほー!」の表紙には、馬に乗り、帽子をこちらに向かって振るのん気な様子の村上春樹さんの姿があって、なんか「やあ、また会ったね。てゆーか、また買っちゃったの?」と呆れられている感じがする。

これだけ一度に村上春樹さんの本を買ったのは、図書館で『これだけは、村上さんに言っておこう』を借りたから。

この本は過去に開かれていた村上朝日堂ホームページ上で読者からの質問に村上さん自身が答えたメールのやり取りをまとめたもの。

読者からのさまざまな質問に、時には誠実に、時にはおちゃらけて、生真面目な質問を真正面から受け止めたり、ゆるりと交わしたりしながら答える文章が、そのまま作家村上春樹の作品となっていて、読んでいてあきることがない。

掛け持ちの仕事で消耗してしまってなかなか本を開く気持ちになれない日々がつづいていたんだけど、この本を読んだおかげで、また本を読みたいという気持ちのあぶくが、プカリと心の中に浮かんできた。

人生は一度きりで、時間は失われたら二度と取り返すことが出来ないもので、その時間を使って読む価値のある本って実はごく限られたものなんだろう、と思う。

この人の文章、作品、言葉は、一度しかない人生の貴重な時間を費やしても、何度も何度も読み返したくなるものばかりだ。

だから『村上朝日堂はいほー!』。
何冊あっても、ええじゃないか。

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『誰か』を読んだハンサム▽・w・▽

『無痛』    久坂部羊

『椿山課長の七日間』    浅田次郎

『誰か』    宮部みゆき

『オシムの言葉』    木村元彦

読了。

宮部さんの 『誰か』 は、今多財閥会長の娘と結婚して、財閥グループ広報室に勤める編集者杉村三郎が主人公。
義父である財閥会長の運転手を長年勤めていた人物が自転車にはねられて死亡する。
杉村は、亡くなった父の本を出したい、という運転手の娘たちの相談役を依頼された。
本を出すことによって、未だに見つからない事故の犯人が名乗り出るようにしたい、と相談を受けた杉村は、出版に関する相談だけでなく、事故の調査にも乗り出すことになる。
調査は、事故を起こした犯人だけでなく、亡くなった運転手一家の過去を探り出すことにもなり、杉村は以外な事実にたどり着く…

殺人事件を調査する探偵が主人公、ではないが、この物語は堂々としたハードボイルドである。
読んでいて思ったのは、マイクル・Z・リューイン描く心優しい私立探偵アルバート・サムスン物に雰囲気が似ているな~、ということ。

杉村は、財閥令嬢と結婚したことによって、陰日なたを問わずに「逆玉に乗った」とか「うまくやったじゃないか」などという冷笑や嫌味を浴びせられている。
しかし、周囲の人間に対しても礼儀正しい姿勢を崩さず、それは調査の過程で自分を罵倒する相手に対しても変わらない。
そんな杉村の、知性的でプライドを高く保つ姿が、サムスンと重なるのだ。

つい最近、続編も出版されたらしいが、何しろ人気作家の宮部さんの新作。
図書館ではリクエストしても何ヶ月待ちになるのやら…

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救われたハンサム▽・w・▽

富士市立中央図書館の司書のおねえさん、どうもありがとう(^―^)ノ

例のごとく休日を利用して地元の図書館に行って本を返却。
特別整理期間で、1週間の長期休館をはさんでいたこともあって、スケジュールが合わず、返却期限を1日2日過ぎてしまったいた。
それでも、自分ではすっかり全部返却を済ませた、と安心し、その後5時間ほど館内にいて雑誌を読んだり、今回借りる本を選んだりして、さあ帰ろうと貸出カウンターに向かった時。

「あの~、まだこちらの本が返却されていないようなんですけど…」

愕然 (」゜ロ゜)」(」゜ロ゜)」(」゜ロ゜)」

8冊借りて全部返したつもりが1冊家に置き忘れてきたらしい。
頭の中は真っ白。
この図書館、延滞している本が1冊でもあると、新しく借りることが出来ない。
前にも同じように本を返し忘れた時があって、その時には、何時間もかけて選んだ10冊近い本をそのままカウンターに置いて帰るはめになってしまった。

今回も自分なりに吟味に吟味を重ねた末に選んだ8冊だったので、ショックも大きく、ただ立ち尽くすだけだった。

「じゃあ、このまま延長手続きをしておきますね」

見かねたのか、カウンターの司書の女性がパソコンを操作して継続扱いにしてくれた。

本当は延滞するとその本自体、継続して借りることは出来ないのだ。
返却を忘れたのはこちらのミスなのに、機転をきかせてくれ、素早く処理してくれた。
おかげで本を借りることが出来、前回の時のように、悲しい気分で図書館を出ることもなかった。

規則だから、と貸し出しを断られても、こちらとしては異議申し立ても出来ない立場なのに、利用者の便宜を優先して考えてくれた司書の方には、感謝の言葉しかない。
本当にありがとうございました。

せめて、今回借りた本は、何とか返却期限を守って (それが当たり前なんですけど^_^;)
頑張って読むぞ、の8冊。

『文章探偵』    草上 仁

『症例A』    多島斗志之

『凍りのくじら』    辻村深月

『わたしが愛した愚か者-Dojo―道場Ⅱ』    永瀬隼介

『第三の時効』    横山秀夫

以上が小説、っつーかミステリィ。

『オシムの言葉』    木村元彦

『文学賞メッタ斬り!リターンズ』    大森 望 ・ 豊崎由美

そして、

『風に吹かれて豆腐屋ジョニー~男前豆腐店ストーリー』    伊藤信吾

こういう名前の豆腐があって、しかもけっこう美味しいらしいよ、と女のコ達に教えてもまず本気にしてもらえない『風に吹かれて豆腐屋ジョニー』。
いくらなんでも、この名前…と前々から思っていたその謎がこの本で解けるかもしれない!

くり返しになるけど、今回は何とか返却期限を守って司書の方に迷惑をかけないようにしたい、と自身の肝に銘じております。

好意には好意で、悪意にはシカトで返すのが信条のハンサム▽・w・▽ノでした

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目が潤むハンサム▽・w・▽

『ぼくのメジャースプーン』    辻村深月

『小森課長の優雅な日々』    室積 光

『レイン~雨の日に生まれた戦士』    吉野 匠

読了。

『ぼくのメジャースプーン』
、傑作です。
さすがにいい歳したおっさんなので、実際に涙が頬を伝うなんてことはなかったんだけど、特に最終章やエピローグのある部分では、ウッ、ときた。

主人公にして語り手である 「ぼく」 は、小学校の4年生。
「ぼく」 のいるクラスには 「ふみちゃん」 という女の子がいる。
「ふみちゃん」 は、頭が良くて 「何でもできて、よくしゃべる」 クラスの中心的存在。
でも、歯の矯正器具をつけ、分厚いレンズのメガネをかけているので、男子からはあまり人気がない。

「ぼく」 や 「ふみちゃん」 の通う学校では校庭でうさぎを飼っていて、4年生がその飼育係を担当することになっている。
たいていの子がさぼりがちなうさぎの世話も 「ふみちゃん」 がきちんとして、時には他の子の分まで面倒をみたりしていた。

そんなある日、うさぎ達が何者かによって身体をバラバラにされる、という残虐な手口で殺されてしまう。
熱を出した 「ぼく」 の代わりにエサ係として朝早くから登校した 「ふみちゃん」 がその現場の第一発見者となってしまう。
うさぎ達の死体を発見する直前に犯人である若い男から声をかけられた 「ふみちゃん」 は、その日を境にして口もきけず、誰の呼びかけにも何の反応も示さなくなってしまった。

「悪意」 によって壊されてしまった 「ふみちゃん」 のために、 「ぼく」 は犯人に罰を与えることを決意する。
「ぼく」 には、ある特殊な能力があった。
「ぼく」 の一族の中に時々現われるその能力は、相手に 「呪い」 をかけることが出来る言葉の魔法。
その能力を嫌い、心配する 「お母さん」 は、「ぼく」 と同じ能力を持つ、親戚の男性 「先生」 の元へ 「ぼく」 を通わせる。
「ぼく」 は 「先生」 の元で能力ついて学び、その能力によってどんな罰を犯人に与えるべきか、答えを探し始める…

この「ぼく」が、必死になって 「ふみちゃん」 を守るために思い悩み、「自分を傷つけ、ボロボロになりながら、それでも」 守るべき相手のことだけを考える姿や、同じ能力を持つ 「先生」 が、自分と違って能力について迷い、怖れる 「ぼく」 を暖かく見つめる姿がまたいい。

この 「先生」、優しい口調ながらとんでもなく怖いところもある人物で、「呪い(先生は条件ゲーム提示能力と呼んでいる)」 をかけることに躊躇いの無い決意を持つ。
その決意は、長い時間をかけて彼自身が能力について学び、考えてきたことの証しであるがゆえに重い。

作者である辻村さんは、というか「も」というべきか、メフィスト賞を受賞してデビューした若手作家。
この『~メジャースプーン』でまだ4作目。
消化が良くて、でもたっぷりと栄養を含んでズシッとお腹にたまるような、流麗で芯のある文体。
人間の美しいところや優しさ、強さや気高さと、汚くて残酷で、弱く卑しい部分の両方をきちんと描ける作家だと思う。
作家、作品ともに大のおすすめ。
どなたでもこの日記を読んだ方は是非、ご一読を▽・w・▽ノ

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マネー・ボールを読んだハンサム▽・w・▽

『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』    ジョン・ル・カレ

『冷や汗の向こう側』    三谷幸喜

『マネー・ボール』    マイケル・ルイス

『瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか』    古田 靖

読了。

上司であるコントロールの失権、病死とともに引退していた元英国諜報部員ジョン・スマイリー。
彼にソ連のスパイを探し出すよう任務が託される。
そのスパイはソ連の二重スパイで、コントロールとともにスマイリーを追い出した現諜報部の中枢に潜んでおり、スマイリーとも因縁の深いソ連諜報部の大物カーラに操られている、という。
局内の裏切りものを探り出す、という任務の内容のため、引退してすでに局外者となっているスマイリーに調査の要請が持ち込まれた。

直接諜報部に出入りして調査出来ないために元の同僚たちの協力をあおぎ、膨大な資料と証言を元に暴き出した二重スパイの正体は…

ジョン・スマイリーはスパイ小説の巨匠、ジョン・ル・カレが第1作『死者にかかってきた電話』から登場させている英国諜報部員。
初登場の時すでに50才台後半だったスマイリー、今作では70歳近い老人として描かれている。
しかし、さらにこの『ティンカー、~』から続く『スクールボーイ閣下』、『スマイリーと仲間たち』の三部作で活躍を見せ、いずれもスパイ小説の傑作と謳われているのだから、大したじいさまだ。
もっとも、スパイという言葉からイメージされるような荒事は何もなく、本人も浮気をしたあげく出ていった妻との関係をずっと気に病んでいたりして物語全体の印象は地味。

重厚な雰囲気と文体で、最近のアメリカあたりのエンタメ系ミステリーと較べたら読むのに時間もかかる。
しかし、その読んでいる間の長い時間も楽しめる、読み応えのある一冊。

『マネー・ボール』は、以前から読んでみたかったノン・フィクション。

アメリカメジャーリーグにオークランド・アスレチックスというチームがある。
ワールドシリーズを争うプレーオフの常連チーム、という印象があって、メジャーリーグの強豪チームである以上、潤沢な資金で優秀な選手をかき集めているのか、と思っていたらそれがどうも違うらしい。
メジャーリーグでも下から数えた方が早いくらいの貧乏チームらしいのだ。
それがなぜ、プレーオフの常連となるような強豪チームになったのか。

どうやらゼネラルマネージャーの選手集めや、彼に獲得された選手たちで構成されるチームのプレイスタイルに秘密があるらしく、そのことを書いたのが、この本『マネー・ボール』。

アスレチックスのGMビリー・ビーンは、腹心の部下ポール・デポデスタとともにスコアの詳細な解析を続けるうち、野球の試合で勝つために必要な何か、を発見する。
それは、優秀な選手を集めること。

そこまでは他のチームと同じなのだが、ビリー・ビーンは優秀な選手の選び方が違う。
彼が選ぶのは、足が速く、華麗な守備を見せる野手でも、初球からヒットを狙って行く積極的な強打者でもない。
そういう選手は実際に優秀で能力も高いかもしれないが、もちろん獲得、契約するための金額も高い。
アスレチックスが選手に支払える金額は、ニューヨーク・ヤンキースの約三分の一しかないのにそんな選手は雇えない。

そこでビリー・ビーンは野球選手に新しい評価基準を設ける。
勝つために必要な選手。
それは、出塁率の高い選手、だ。

出塁率が高い、とはどういうことか、というと単に打率が高い、ということではない。

例えば、優秀な投手の揃ったメジャーリーグで打率3割なら立派な成績だろう。
しかし、この3割の打者がただヒットやホームランを打つ時だけ塁に出るとすると、その出塁率、つまりアウトにならない確率はそのままになる。

ここで出塁率に注目してみると、アスレチックスが所属するアメリカン・リーグでは平均出塁率は3割3分くらい。
とすると、打率3割の強打者に見えたこの選手、実は平均以上にアウトになってしまう可能性が高い選手、ということになってしまう。

打率3割の打者が四球を選ぶなどして出塁率を4割近くまで上げるとどうなるか。

まず、早い球数から打つことを控えることで、相手投手の投球数が増え、交替時期が早まる。
先発、中継ぎ、抑え、という分業制が確立しているメジャーリーグといえども、基本的に先発投手に較べて中継ぎ投手の方が能力的に劣ることが多く、打ち崩す確率も高くなる。

それから、四球を多く選ぶことによってアウトカウントが増えず、攻撃機会が続けば、得点数も増える。
当たり前の話だが、どんなボールゲームでも得点数の多いチームが勝つのだ。

出塁率が高い選手には、打率4割近い強打者と同じか、それ以上の価値がある。
詳細にスコアを解析してその事実をつかんだビリー・ビーンは、今までの常識を覆すスタイルの野球で、金をかけずにアスレチックスを強豪チームとして成立させていく。

ビリー、ポールのコンビがデータ解析によって掴んだ事実の中には、意外、と思うものが多い。
例えば、足の速さ、守備のうまさ、身体能力の高さは過大評価されがちだ、ということ。

ホームラン以外の打球がフェアグラウンドに飛んだ場合、ヒットになるかどうかは偶然による要素が多いらしい。
守備のうまい選手のところに打球が向かえばヒットが減って、下手な選手のところに打球が向かえば外野にまで転がっていく、というわけではないらしいのだ。

となると、選手獲得の際に重視すべき要素は従来とは大きく変わっていく。
たとえ目を覆いたくなるような守備能力しかない、としても、その選手の打撃能力が高く (特に長打率が高いことが大事) 選球眼が良くて (この本の中ではストライクゾーンをコントロールする能力、という表現になっている) 出塁率が高ければOK、ということになる。
そうして、アスレチックスは他のチームが見向きもしない、しかし、本当は価値の高い選手を安く手に入れる。

バントや盗塁は無意味、ということも新たな発見だ。
ビリー、ポールコンビによると、バントはただアウトカウントを増やすのに過ぎず、盗塁は約30%が失敗に終わるリスクの高い戦術、ということになる。

アスレチックスはただひたすら塁にランナーをためこみ、消極的な、長打が出ることを待つ退屈なプレイをするチーム、として評論家やマスコミから批判されるが、そんな批判をよそに勝利数を増やしてプレーオフの常連としてアメリカン・リーグ西地区に君臨する。

日本の野球関係者が読んでも、ぜったいに認めないようなデータや事実が多く書かれていて興味深い。
全面的にビリー・ビーンやポール・デポデスタの主張やアイディアに共感出来るわけではないのだけれども、当たり前と思われて、考慮や検討の範囲外、と思われている常識が覆されていくのには知的な興奮がある。
もっと早く読みたかった一冊だった。

それにしても最近は暇があるわりには、期限内に読みきれず、というかページもろくに開かないまま図書館に返す本が増えてしまった。
今月は特に貧しく、家に閉じこもることが多いだろうから、読む数を増やさなければ。

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雨に狙われたハンサム▽・w・▽

『人形つかい』   ロバート・A・ハインライン

『MLBが付けた日本人選手の値段』   鈴村裕輔

『三国志傑物伝』   三好 徹

『ベルカ、吠えないのか?』   古川日出男


読了。

ハインラインは50年代から活躍した人気SF作家で、『夏への扉』や短編『時の門』などの時間テーマの傑作が有名だが、一方で政治的には強烈なタカ派でもあって作品の中でもその主張を全面に押し出した作品が多い。

この『人形つかい』も、基本的には宇宙から飛来した知的生物がひそかに人間の身体を乗っ取り、支配していく侵略テーマのSFなんだけど、その侵略に対抗するための組織に属する主人公が最後には妻となった同僚の女性エージェントとともに、宇宙生物の本拠地に乗りこむ軍団に志願して宇宙へ旅立つ、という勇ましい場面で終わる。

普通なら侵略してきた宇宙生物を撃退すれば、物語は一応終わるところ。
それをハインラインは、自分たちの祖国を侵す相手であればたとえ相手が地球の外にいても本拠地を叩き、徹底的に撲滅しなければ気がすまなかったらしい。
ロマンティックな時間テーマの作品群からは想像しづらいもう一つの顔が色濃く出た作品だった。

『ベルカ、吠えないのか?』は、第二次世界大戦で日本軍に置き去りにされた軍用犬たちから始まる何代にも渡る血統を描いた物語。
イヌがいて、イヌを育て、その血統を磨き上げる人間がいて、イヌを鍛える人間や、鍛えられたイヌや、様々な種類の血と交ざり合ったイヌと、そのイヌと出会い、暮す人間がいる。

何代にも何代にも渡って広がるイヌの血統は、時と場所を代えて大いなる意志に導かれるようにまた出会い、新たな血統の始まりになって、続いていく。

古川さんも以前から読んでみたいと思っていた作家の1人で、『LOVE』という連作短編集を読み始めながら、図書館の返却期限内に終わらず未練を残しながら挫折した、という苦い過去がある (返却期限を過ぎてしまっていたので、延長が出来なかった)。

読み終えて大満足。
独自のスタイルがあり、登場人物が確かな存在として物語の中を生きている。
日常、現実の世界をきちんと描く才能と、それだけでなく、現実から飛翔するシャープで、壮大な物語も描く才能の両方を持った人だと思う。
次には『サウンドトラック』『アラビアの夜の種族』を読んでみたい。

これだけ読んでもまだまだ借りてきた本は残っているが、今のペースを保てればなんとか返却期限内に読めそうな予感。

まだまだ読みたい本は限りなく多い。
読みつづけても読みつづけても、読みたい本がなくなることはないだろう。

長生きしたいと思うのはこんな時くらいだ。

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ホームレスの人たちと涼むハンサム▽・w・▽

図書館に行くと実によく見かけるのが、いわゆるホームレスのおじさんおばさん(というか、実際には多くの人が老齢)である。

ホームレス、という言葉で連想されるような不潔感はほとんどなく、しかし明らかに、ああ、ホームレスの人なんだな、と分かる雰囲気がある。
なんといったらいいのか、たまに季節感を外した感じの服装をしていたり、今の季節で言うならば真っ黒に日焼けしていたり、不潔感はないんだけど、髪の毛やヒゲが伸びていたり、本を読まないで (そばには置いてある) ボーっとしていたり、居眠りをしていたり。

大抵の人はごく静かに雑誌や本を読んでいて何ら他の利用者と変わるところがない。
夏休みに入って、いったいどこからわいて出たのか、と思うくらいに館内のどこにでもいる中高生たちの方が、ヒソヒソと仲間内のお喋りを続けたり、学習室でない場所で勉強用のノートや資料を広げて座席を占領していたりしてよほど鬱陶しい。

中には、そばによると臭ってきたり、仲間同士の噂話で興奮して大きめの声で喋っていたりする人もいる。
ただ、それは本当に例外といってよいほどまれで、図書館に通い慣れている自分のような人間にとってはホームレスの人達こみの場所、といった感さえある。

ホームレスの人たちが図書館内に多く見られるようになるのは、もちろん暑い夏と寒い冬。
夏は適度に涼しく、冬には暖をとることが出来て、本や雑誌は読み放題、ビデオやCDも利用出来る、となればヒマのある人なら誰でも行きたくなるだろう。
実際おれのように、普通の勤め人よりも休みの多い人間は週に1、2度は利用するし、夏場に中高生たちや子供連れの男性が増えるのも理由は変わらないはずだ。

おれが良く利用する図書館には、日当たりの良い窓際に緩やかにカーブを描く長めのソファセットが置いてある。
本棚の端に置いてあるような背もたれもなく、材質も堅い椅子と違ってその場所はゆったりと座れて寛げる空間だ。

ホームレスの人の中にもその場所がお気に入りの人がいるんだけど、彼らはそういう場所に座る時にも端っこに座ったりしてなんとなく気を使っている様子だ。
普段はそこに陣取って長い時間お気に入りの本を読んだり、時には軽く居眠りをしている人たちも、今のように利用者の溢れる時期には一つの場所に長居をしないようにしているらしい。

というのは、通常ソファセットの端の席、というのはホームレスの人たちの指定席のような感じになっているのが、今の季節ではその場所に色々な人が時間ごとに座っているようだからだ。
1人で長い間条件の良い場所を独占しないよう気を使っているわけで、社会人席を占領して堂々と、本来なら禁止されているはずの持ち込み勉強をしているマナーの悪い中高生に見習わせたい気配りだ。

そんな風にホームレスの人たちと、控え目に温度設定された冷房の入った図書館で涼みながら、今回も借りてきた本。

『摩天楼の怪人』   島田荘司

『恐怖』 

『天狗の落とし文』   筒井康隆

『ベルカ、吠えないのか?』   古川日出男

『三国志傑物伝』   三好 徹

『よりぬき読書相談室 どすこい幕の内編』   本の雑誌 編集部 編

『脳の中の幽霊』   V・S・ラマチャンドラン サンドラ・ブレイクスリー

『MLBが付けた日本人選手の値段』   鈴村裕輔

そして、勤め先の街の図書館でも借りているのが、

『葉桜の季節に君を想うということ』   歌野晶午

『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』   ジョン・ル・カレ

『人形つかい』   ロバート・A・ハインライン

『幻の特装本』   ジョン・ダニング

……読めるのか。2週間で。

と、ここに書いた時にいつも感じることなんだけど、これで結構挫折もしないで読んでいるのは我ながら頑張っている、というか、暇というか。
すでに『人形つかい』は、読み終わっているし『~読書相談室』や『MLB』あたりは1日あれば読める。

その他はまた数冊同時進行読みで何とか……なるのかな▽・w・▽?

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追い込んだハンサム▽・w・▽

『シーセッド、ヒーセッド』   柴田よしき

『白夜行』   東野圭吾

『震度0』   横山秀夫

『エンガツィオ司令塔』   筒井康隆

『マレー鉄道の謎』   有栖川有栖

読了。いずれもここ二週間ほどの間にほぼ並行して読み進めていたものに追い込みをかけて読み終えた。

ミステリィの話題作が4作と筒井さんが断筆解除直後に出版した短編集。

量的にてこずったのが『白夜行』。
しかし、それだけの価値はあった。
今更ながら、この物語は傑作だと思った。
大人気作家、東野圭吾さんの数ある代表作の中でも頭一つ抜ける出来映えだと思う。

何が凄いって、物語の主役である2人の関係の描き方が凄い。
だって物語の結末を迎えるまでついに…

とまあ、ミステリーの感想だから書けることがごく限られているんだけど、直接描かないで、読む者の想像にゆだねる描き方に徹した点が素晴らしい。

新本格系の作品に多いんだけど、探偵役が謎解きをする時に何十ページも費やしてありとあらゆることを説明してくれて、それがもうダラダラと続いているように感じて嫌になってしまうことがある。

この『白夜行』では、犯行に関係した事実が結末に向けてじょじょに明らかにされていくが、それは事実の提示であって、説明ではない。
誰かに謎解きをさせて、物語の中での過去から現在に至るまでの犯行や動機、手口なんかをダラダラと説明されたら20年に渡る壮大な物語が台無しになってしまっただろう。

描かれなかった部分でも確かに登場人物が生きて生活をしていた、と感じることが出来る。
実際に東野さんによって描かれた物語だけではない、読者の想像力にゆだねられた、それぞれの『白夜行』が存在し、そして…

そして、この物語はまだ真の結末を迎えてはいないのだ。
噂では次なる物語の構想がある、という。
もちろん、ストレートな続編ではないのだけれど…

横山さんの『震度0』も、ある意味読むのにてこずった作品だった。
感情移入出来る人物が物語の中に存在しないのだ。
言ってみれば全員が嫌な奴ばかり。
物語の終盤でようやくある人物に何とか共感出来るようになるのだが、彼が事件を解決に導くわけではなく、他の人物と同じように無力だ。

事件の謎も分かってみればあっけなく感じる。

ある事件を背景に、警察組織内の主導権争いや人事面での抗争、過去から現在までの人間関係が主に描かれるのだが、事件そのものは、発覚した時点である意味すでに決着がついていて、登場人物の誰もがそれに気づかないだけなのだ。

好みの問題は書いても仕方のないことかもしれない。

でも、どうも横山さんの作品を読んでもあまり、というかほとんど感動することが出来ないのは、物語そのもの、ある事件が起こり、捜査が始まり、やがて謎が明らかにされて事件が終焉を迎えても、その動機や解決に納得は出来るものの共感は出来ない、ということが多いからだ。

理屈としてはそういう動機も有り、だと思うし犯行に関する謎の解決も、まあそうか、とは思うんだけど、リアルに書いてあればあるだけよけいに、でもなぁそれだけの理由でそこまでするかなぁ人って、とか感じてしまうことが多く、それは『半落ち』を読んでも感じたことだった。
相性の問題なんだろうか。

納得は出来ても感動は出来ない、という点では『マレー鉄道の謎』も同じで、さきほど書いた、事件の謎をダラダラと全部説明する、と書いたのはこの作品のことでもある。

探偵に説明させるためにわざわざ事件をそんな風にしたんじゃないか、と思えてしまう部分もある (密室状況とか。あれで本当に密室に出来るのかな~)。
事件の謎はすなわち過去の因縁話でもあるわけなんだけど、それは何も描かれることなく、ただ探偵の謎解きのところで「実はこうこうこうだったはず。」と、説明されるだけ。

その過去の事件に関しては具体的な証拠もなく、犯人の自白や、突然現われるその妻の介入がなければ探偵の望むような形で解決はしなかった可能性も高い。

そしてこれも好みの問題と言ってしまえばそれまでなんだけど、探偵役やワトソン役をはじめ登場人物の人間としての姿形がまったく見えてこない。
旧友でもある滞在するホテルのオーナーとの間には旧友ゆえの友情も、しばらく振りに会うことに対する戸惑いも感じられず、単に同宿しているだけの日本人旅行者との関係と違いが見えない。

旅先で遭遇した事件、という点を割り引いても、誰もが誰に対してもよそよそしく、心が通い合う様が感じられないのだ。
探偵役とワトソン役の二人を見てさえそうなのだから、これはこの作者の他の作品でもそうじゃないのか、と思えてしまう。

傑作、『白夜行』とほぼ同時期に読んでいたからよけいにそう感じてしまうのかもしれないが、物語を最後まで読んでなお登場人物に誰一人感情移入することが出来なかった (その人物に対する好悪の感情、という意味ではなく、その人物のどこかほんの一部でも自分と重なる部分があるかどうか、という意味) というのは、なんか空しい。

頑張って読んだのになぁ。

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