日記・コラム・つぶやき

ロキソニン無双 ▽・w・▽


一昨日のこと。
原因はわからないのだけれど、喉の右側に軽い痛みがり、物を飲み込んだりすると痛みが強くなる。
あれあれ、身体でも冷やしてしまって軽く風邪でも引いたか、と思っても熱は出ない。
だから、薬の飲むわけでもなくもちろん病院に行くわけもなく普通に一日を過ごした。

昨日の夜のこと。
喉の右側の痛みは治まったものの、今度は左側が痛む。
最初は右側と同じく嚥下する時の痛み、それが、段々と何をしていない時でもジンジンと痛み出し、時間が経つに連れて嚥下するときの痛みが強くなり続け、ついには痛みのせいで眠ることが出来なくなった。

気にしなければいいのだろうけど、唾を飲み込むと喉が強く痛む、と分かってしまうとなぜか口の中にヨダレが溢れてきてしまう。
そうなれば飲み込まざるを得ず、そのたびに激しく痛み、朝方には左側の喉のあたりが熱を持ってきた。
なんとか朝まで我慢して病院に駆け込んで、と思っても、今日は午前中の10時からどうしても日時をずらせない打ち合わせがあった。
結局一睡もしないまま、打ち合わせ場所まで出向き、一時間半ほどやり取りをして良い感触をつかみ、後日連絡をもらえるように手配してから、電話して事情を話し、病院に向かうことに。

ただ、その時はもう午前11時半を過ぎて、午前中の診察の受付時間は終了。
ギリギリ間に合うかも、と思ってあらかじめネットで場所を調べておいた駅のすぐ近くにあるはずの耳鼻咽喉科も見えず、交番に出向いて聞くとあちらこちらに問い合わせてくれたものの、廃業していることが判明。
検索した情報がずいぶん前のものだったらしい。

愕然となりながら、気持ちを切り替えて大きな総合病院へ。
歩いていける距離のはず、しかし、この頃から熱が出始めたらしくどうにも体がだるくて足が進まない。
路線バスの停留所を見つけ、10分ほど待って乗車。
総合病院でももちろん午前中の診察のは終了、しかし、午後の診察時間が1時と1時半くらいまでなら待とうと決めて受付を済ませようとすると

「今日の耳鼻咽喉科は午後のみの診療で1時受付開始の2時半から診察開始、ただ、予約の入った患者さんが優先ですので先生に診てもらえるのはもっと後になるかもしれません」

無理。無理無理。
こちとらもう痛みが怖くて食事どころか飲み物を口にすることさえできない状態、昨夜から一睡もしておらず、今朝から何も口にしておらず、熱発が始まり、左側の扁桃腺は熟したクランベリーみたいに赤く腫れ上がっている。

諦めて総合病院から駅へ向かう。
今度もバス停を見つけるものの、ちょうどいい時間に通りバスがない。
歩道に停留所を示すスチール状の物体が置いてあるだけ、バス待ち客のためのベンチもない。
しばらく呆然と立っているが、立っているのが辛く、それくらいならばと歩き始め、結局バスは駅に着くまで来ず。

この時点でもうフラフラ、誰かがそっと枕を置いてくれたなら、たとえそれが産業道路の緑地帯だって寝込む。

それでも駅周辺には内科の医院くらいあるだろう、と思って高架を抜けて駅の向こう側に行くと、なんと奇跡のように耳鼻咽喉科の看板が。
もうどうでもいい、午後の診察時間が三時からだっていい、待合室で爆睡してやる。
両足を引きずりながら辿りつくと、階段を登ったところにあるガラス扉の入り口に貼り紙が。

「まことに申し訳御座いませんが、先生の体調不良のためしばらくお休みをいただきます」

なんというバッドタイミングの医者の不養生。
最後の望みは絶たれた。絶望感が襲ってくる。お前は激しく痛む喉に苦しんだまま残りの人生を過ごすのだ、という悪魔の勧告書が内容証明郵便で送り付けられたようだ。

ここは出先の駅。
午後の予定はもう全部キャンセルさせてもらうよう段取り、自宅のある街へ戻ることに決めた。
喉の痛みは定期預金の利息が溜まっていくように少しずつ強くなっている。
熱に対抗して水分を取ろうと買ったポカリスエットは喉を通るたびに激痛をもたらす。
そのたびに激しく顔を歪め、痛みを我慢しながら何とか水分を飲み込もうとあがくおっさんの斜め前にはなぜかこんな時間に女子高生軍団がいて遠慮無く引いてやがる。

地元の駅、ローカル私鉄に乗換え、もよりの総合病院まで。
よく考えたらここは出先の街にあったカソリック系医療法人が経営す病院じゃないか。
となると、午後の診察受付時間と診察開始時間も。
ビンゴ。
でもその時にはもう午後1時半過ぎになっていたので、受付を済ませ、問診書を書き、熱があるようだから耳鼻咽喉科より内科のほうが早く診てもらえますよと親切な受付嬢が手配してくれたのに感謝しつつ、内科の待合室へ。
しかし、ここの問診票を見たベテランの看護師さん、この症状なら耳鼻咽喉科ですさあ行きましょうと引っ立てる。
自分の職業上の判断と、患者様への配慮に揺るがない自信を感じさせる足取りに、付いていかざるを得ず、耳鼻咽喉科であらためて受付。
そこから痛む喉と熱でふらつく頭と冷や汗の出始めた身体で待たされること1時間45分。
ようやく診察してもらえる。

喉の痛み、食事どころか水分も摂れないこと、熱が出ているらしいこと、一睡もできなかったこと、を謎解きを始めた探偵のように合理的に説明、特に喉の痛みを可及的速やかに処理してほしいことを強調。

医師の診断。

昨夜からということだけど、喉が腫れてしまっている。
しかもこの腫れや痛みはさらに強まってくるかもしれない。
今日から三日間、点滴を受けて、四日目に様子を診る。状態が改善されていないようなら入院治療も考える。QED。
しまった名探偵役を奪われた。

点滴を三日間はムリっす、と俺。
じゃあ、点滴は今日だけ、明日から二日間は飲み薬を出します、もちろん痛み止めも出しましょう、ただし、強い薬なので痛みが弱くなったら飲むのをやめて下さい、いいね、いいですね。

交渉成立。

俺は痛み止めを貰えることに成功し、医師は症状が悪化しないよう抗生物質が入っている点滴を大量投与して菌でもウィルスでも、体内で悪さをしている連中を抑えこむ布石を打った。

点滴は抗生物質が入っているということでことさらゆっくりと入れられ、3時間かかった。
安くはない診察代を払い、ようやくもらった痛み止め、消炎鎮痛薬が業界のメジャー錠剤ロキソニン。

喉が痛くても食べられそうな食料を買い、ローカル私鉄のベンチでいよいよロキソニンを飲む。
まず、眠気が来る。
喉が痛くてなるべく唾を飲み込まないように我慢しているのでうとうととした口元からヨダレが行きつ戻りつ、を開始。気づいて回収。

自宅近くの駅で降り、歩き始めると今度は熱や頭痛が薄まっていることに気づく。
足取りが軽くなる。
何かを飲み込むときには相変わらず痛むけど、こちらも少しずつ弱まっている。
自宅についておそるおそるおにぎりをついばむ。
何とか食べられる。
痛みが薄まっていく。さすが消炎鎮痛薬業界のエース、ロキソニン。
無双である ▽・w・▽

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引っ越すハンサム▽・w・▽

去年からはじめたこの黒猫堂ハンサム日記▽・w・▽

アメーバブログの方へ引っ越すことにしました。

今のところブログタイトルも変わる予定です

そんなわけで、愛犬家、Tくん、愛犬家ご主人グェンさんはこちらへ

http://ameblo.jp/muraki-handsome/

引っ越す理由は…

ココログ、飽きたかも…

女と携帯とブログは新しいもんに限る。限るぜ(・~・)

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某プロ野球ファームチームとハンサム日記▽・w・▽

先週の金曜日、土曜日。
プロ野球の二軍チームが職場であるホテルに宿泊。

とある関東の都市をホームグラウンドとするチームで、セ・リーグ所属、一軍とはチーム名が違う、と言えば分かる人には分かってしまうでしょうそうそこそのチームです。

二軍チームといえば若手中心なので、さぞかしたくさん夕食を食べるんじゃないか、と予想していた。

人数は初日金曜日が27名様、2日目土曜日が37名様の予定で、レストランはほぼ貸切状態。

初日のメニューは、オードブルに本鮪のカルパッチョ、メインに地元の名産品ヨーグル豚ロースのソテーを用意、さらに別の料理卓を準備して、そこはバイキング形式で各自お好みの料理を並べた。

サラダ、フルーツ、白飯、肉じゃが、中華風野菜炒めにプラス、準地元ということで富士宮焼そば風焼そば。

二日目は、カレーライスをメイン料理に、サラダ、冷しゃぶ、パスタ、牛ハラミのポワレ、目鯛のポワレなど。

これだけの品目を用意して足りるだろうか、と実は戦々恐々だったんだけど、実際には結構料理が余ってしまった。

理由は二つ。

二軍チームといっても、調子を落とした一軍の選手や、盛りを過ぎたベテラン選手、故障中の調整のためにファームに来ている選手などもいる。

このチームでいうとベテラン外野手のF選手、数年前に名古屋のチームから同じポジションのT選手と入れ替わるように移籍してきた捕手のN選手がそういう立場になる。

こういうベテラン選手は、食事もそこそこに遊びに出かけてしまうんですね。

特にF選手には、食事前に話しかけられて、飲み屋街みたいなところってある?みたいなことを聞かれたりして。

飲みに行くことも無い下戸なんですけど、必死にとぼしい知識を総動員して説明して、わかってもらえたかどうか…

何人かの若手を引き連れてのお出かけなので、食事開始から10分くらいで10人近くがいなくなってしまって、おかげでメインの料理が間に合わなくなってしまった。

理由のもう一つは品目が多すぎたこと。
しかし、これはチーム所属の栄養士さんからの指示もあるので変更も難しい。

とはいえ、さすがにガタイのよい若者中心のチーム、食べる選手はメインの料理をお代わりしたりして、よく食べてくれました。

みなさん、レストランに入ってくる時には選手同士元気に挨拶を交わしていて、さすがに礼儀、マナーの面ではしっかりした若者ばかり。

ガタイがよい、と書いたけど、身長とか筋肉とかだけではなく、骨格がガッチリしていて、縦の厚みが違いましたね。

未来の有名選手もいたのかもしれないな~、と今になって思う次第▽・w・▽

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富士宮焼きそば、3連チャンのハンサム日記▽・w・▽

静岡県の東部、しかも隣接する街に住んでいながら、今まで本格的な『富士宮焼きそば』ってやつを食べたことがなかった。

そこで休みの今日、実際に富士宮まで行って食べ歩きをすることに決めた。
固く心に誓った。
じっちゃんの名にかけてみた。

まあとにかく、出かけたのは、やや涼しくなってきた午後3時すぎから。

JR富士駅で身延線に乗り換える。

この時点で、軽いカルチャーギャップに遭遇する。

身延線って、駅によって車両のドアを開けられたり、開けられなかったりするんだ。

開(ひら)いたり、開(ひら)かなかったり、の間違いなんじゃないか、と思った他都道府県のみなさん、残念。

車両のドアを開けるためのボタンってやつがあるんです。

多分規模の小さな駅は無人駅になっていて、そのために先頭車両(たいていの場合2車両)の一番前で、運転手と車掌を兼ねた乗務員に直接切符を渡したり定期を見せる、という仕組みになっていて、その場合はボタンは使わない。

ちょっと大きめの駅になると、車内アナウンスで

「すべてのドアを開くことが出来ます」

と、お知らせが入る。

しかし、自動的にはドアが開かず、ドア脇に設置されている開閉ボタンを押すことでようやくドアが開いてくれるんですね。

だから、各駅の停車時間も、たとえば東海道線に比べるとびっくりするほど長く、ゆったりとしている。

ボタンシステムに気づかず、しばらく開かないドアの前で立ち尽くしたりしても、余裕を持って降りることが出来るようになっているのです。

ある意味、合理的。
実際の感想はのどかだな~、につきるんだけど。

さて、焼きそば。

出かける前にネットを使って下調べをしておいた。

富士宮焼きそば学会、の運営する公式サイトみたいなものがあるので、そこでチェック。

いくつかの店に目星をつけてから出発してきたので、早速歩いて探し始める。

身延線富士宮駅から西富士宮駅までの間は、浅間神社のための区間、といってよい町の作りになっていて、ちょうど二つの駅の真ん中くらいの場所に浅間神社がある。

西富士宮駅前から続く商店街をまず歩く。

焼きそば学会認定のような店には、オレンジ色をした幟がおいてあるらしいので、まずはそれを探す。

時刻は午後五時前。

中途半端な時間だったので、営業時間外かもしれない、という危惧を抱きつつ歩き始めると、商店街をしばらく東に歩いたわき道にオレンジ色の幟を発見した。

公式サイトにも載っていた店

『杉本』

である。

近づいていくと、店の前にはタバコを吸いながら立っている男性の姿があった。

いやな予感がしつつ確認すると、案の定営業時間は午後5時から。
どうやら男性は開店待ちをしている様子だ。

あと10分ほど待てばいいんだけど、店の雰囲気が焼きそば専門店、というよりは鉄板焼き全般を営業している店のようだ。

ある目的のため、店内に入っても焼きそばの並サイズしか頼まないつもりだったので、なんとなく気後れする。

と、店の前に看板&張り紙があった。

そこには、こちらの店が準備中だった場合はこちらの支店へどうぞ、みたいなことが書いてあって、その支店、浅間神社前の歩いて5,6分の場所にあるようだ。

焼きそばのみ、みたいなことも書いてあるから店舗も小さくて一見(いちげん)さんでも入りやすいだろう、とそちらに向かうことにした。

再び商店街の中を歩いていて、いくつか幟の立っている店を通り過ぎた。

どの店も営業中のようでもあり、でもこちらとしては午後5時前の微妙な時間への気後れがあって店内には踏み込めず、という心理状態もあってスルー。

ようやくたどり着いた神社の参道前には、富士宮名物の食べ物屋さんの出店が並ぶ一角があった。

真ん中のスペースで飲み食いが出来るよう、キャンプ場なんかで見かける木製のテーブルとベンチが置いてある。

「杉本」支店

は、そのやや奥まったスペースにあった。

商店街の道からすぐの場所にある他店の出店前には大勢のお客さんいて、肝心の『杉本』の前は無人。

スペースもごく小さく、中を覗くと、高校生くらいにさえ見える若い女性が退屈そうにうちわで自分をあおいでいた。

やばい、ハズレくさいぞこの出店。

でも、せっかくここまで来たんだし、と思って不安に震える声と膝と指を押さえつつ注文。

品目はイカ入りの一種類のみ。

大、並、小のサイズのみ、持ち帰りか食べていくかだけ選べるシステムだ。

先に会計を済ませると、出来たら呼ぶのでお名前を、と言われる。

たまたまそのときの店番の女の子が愛想の悪いタイプの子だったので、思い切り事務的、かつ流れ作業的な口調。

どの名前にしようか、と瞬間悩んで、無難にハンドルネームを教える。

24個ある名前の中で一番使う頻度の多い名前だ。

「ハンサムです。」

事務的に動きかけたボールペンの動きがほんの少しの間だけ止まり、やがて何もなかったかのように動き出してハンサム、と書き終えた。

おれの顔に視線を向けることは無かった。

出来上がった焼きそばはおいしかった。

大量のキャベツと万能ネギと、天かすとイカと麺。

トレイを渡されるレジ付近に削り節の入った缶と紅しょうがの入った箱があって、それはかけ放題の使い放題。

ここも無難に削り節少々と紅しょうが少々にして食べ終える。

そしてトレイ、割り箸をそれぞれ専用のゴミ箱に捨てたその足で、同じ区画の中にある別の店へ赴き、焼きそば並を注文する。

好きな食べ物には意地汚いおれが、なぜ最初の店で並サイズしか注文しなかったか、の答えと、負けられない戦いがここにはあったのだ。

短い、限られた時間内で食べ歩きをするつもりだったのである。

だからこその並サイズ連ちゃん。

こちらの店はおばさん、というよりやや御年を召したご婦人二人が店員さん。

一人はレジ&出来上がった焼きそばを運ぶ係りで、もう一人のご婦人は、ただただひたすら鉄板の上でキャベツと麺を炒め、混ぜ合わせ、こねくりまわしていた。

こちらも料金は先払いで、注文と精算を済ませると番号札を渡される。

出来上がるとその番号を呼びながら、店員さんが運んできてくれる。
たいていはテーブルに到着する前に客自身が取りに向かう。

すぐそばには湧水の泉、みたいなものがあって、ひしゃくでそれを紙コップにすくい入れて飲むことが出来る。

この水は、まあなんというかごく普通の水の味だったように思う。思いました。

1

焼きそばの味はこちらのソースの方がややスパイシーな香り。
『杉本』のイカの代わりに、こちらの並には薄い豚の肉片が入っている。
天かすはやや大きめサイズ。

おいしかったっす。

これで2連ちゃん。

並サイズにして正解だった。
すでに結構おなかが膨れてきた。
インターバルを置くことにして、浅間神社を参詣。

夏休み中、ということもあってか、夕方近い時間なのに、参詣客がちらほら見受けられる。

大きく赤い鳥居をいくつか潜り抜けて本殿へたどり着く。

両脇に社務所と御札などを売る場所があって、御札売り場の巫女さんは携帯で誰かとお話中。

社務所の奥からは、越天楽の響きが聴こえてきて、CDかテープでも流しているのか、と社務所の脇の壁伝いに歩くと、そこの窓から聴こえてきた。

どうやらライブだったらしい。

神社で参詣をすませた後、しばらく端を流れる川のそばの公園で座って一休み。

焼きそばで膨れたおなかがこなれるのを待ち、川べりの風を受けて和む。

こういう観光客が頻繁に訪れるような名勝の近所に住む人がうらやましい。
毎日の散歩コースの中にそれはあるのだから。

無駄に歩きつつ、眺めの良い場所に足を運ぶたびに思うことで、こんな風に眺めのよい場所巡りで毎日を過ごせたらどんなに幸せなんだろうか、と思う。

なんて妄想に十分ふけった後、今度は西富士宮駅へは戻らず、富士宮駅まで歩くことに。

当然富士宮駅前にも、焼きそばの名店はあるはず。
大体の見当もつけてある。

そして富士宮駅→と標識が出来ている場所まで歩いて、→とは反対側に登り道を進むと、予想どおり、オレンジ色の幟が見えてきた。

店まで近づくと、佇まいそのものが、いかにも焼きそばがおいしそう、といった感じの店で紺地に赤い文字の入った暖簾もいい味をだしている。

マスコミにも何度も登場している

『大坂屋』

だ。

ガラガラと引き戸を開けて入るとカウンター数席に一人が座るのがやっとくらいの小さなテーブルが三つ。

カウンター席にはお得意さんらしい労務者風の初老の男性チームが三人陣取っていて、すでに顔は赤く、ピラピラとやかましい音をさせながら小型のビンゴマシーンでビンゴゲームを続けている。

なんかよく分からないけど、店主の女性(この人も初老くらいのご婦人)も気にしていないようなので、初心者としてはスルー。

愛想の良い店主に、焼きそばを注文。

イカ入り、肉入り、を食べたので今度は卵入りの玉子そばにした。

使い込まれた鉄板の上には、先客のおばあさんたちの食べるお好み焼きが焼かれていて、その脇で焼きそばを手際よく製作。

Photo

店主、さすがに手慣れていて、コテさばきもお見事。

出来上がったのが、写真の焼きそばで、これで450円。

短時間に食べた三番目の焼きそばだったけど、美味しゅうございました。

食べ終わるとおなかはパンパンに近い。
無理をすれば後一軒くらいは食べることも出来ただろうけど、遊びに来ていて無理をすることもない。

おとなしく帰ることにして、富士宮駅へ。

味の比較は個人の好みになってしまうので書かないけど、どれも甲乙つけがたく、美味しい焼きそばでした。

まだまだ食べていない店もあるし、近いうちに、また食べ歩いてみたいと思います。
思いました。

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意外と盛り上がるお見合いパーティとハンサム日記▽・w・▽

昨日八月四日土曜日、職場のレストランでは大規模なお見合いパーティがあった。

当初参加者の予定人数が、男女三十名ずつ、計六十名だったのが、当日までに参加人数がどんどん増え、ふたを開けてみれば九十名。

普段、多いときでも10組程度の宿泊者用メニューやコースを中心とした料理を出しているレストランとしては、最大規模の宴会、になった。

いや、それにしても九十名って。

始まるまでは、レストランのスタッフで

「六十人も集まるのかな、今時お見合いパーティなんて」

といった会話がなされていたものだった。

それが、九十名参加で、しかもみんな楽しそうに食べたり飲んだりして盛り上がった。

参加するお客さんも、ほとんどが若くてかっこいいお兄ちゃんたちや、お洒落で可愛いお姉さんたち。

おみそれいたしました、お見合いパーティ。

ねるとんスタイルの告白タイム付きのお見合いパーティと違って、本当にただ若い人たちが友達と集まってワイワイと楽しんでいる、といった雰囲気がよかったみたいだ。

あと、普通こういうパーティって主催者から、やれ、席を移動していろいろな人同士が交流して、だの細かい指示が出されることが多いんだけど、それもほとんどなく、参加者の自由度が大きかったのも成功の原因だったんじゃないか、とか考える。

会場となったレストランのスタッフとしてこちらはえらい大変な目にあったけど。

平常営業とはまったく異なるレイアウトに机、椅子を組み替えたり、各テーブルごとのドリンクを用意したり、ブッフェスタイルの食事出しだったので、参加人数に合わせてグラス、皿類を用意して、始まってみれば参加人数が大幅に増加。

ビールの空き瓶を下げ、ソフトドリンクの入ったピッチャーを入れ替え、どんどんドリンクを追加して、気がつけばビールが残り数本。

前日に、参加人数を考えるとビールの本数が頼りなかったので一応N沢さんに伝えてみたのに、あまりアルコールは出ないだろう、という根拠の無い一言でそのままになってしまったのが悔やまれる。

普段宴会用に使用しているアサヒビールスーパードライがなくなり、キリンラガービール一ケースを投入するも焼け石に水。

80本あれば足りるだろう、と考えていたビールは結局120本も出た。

パーティが終わって、一体どれだけのカップルが成立したのかは謎。

盛り上がりはしたけど、その場限り、なんてこともあるんじゃないか、今時の若い人たち。

とりあえず、次回も開催、なんて話になったらひとり当たりの料金を千円ずつ位上げて単価を上げてもらわないと割りに合わないし、基本的にうちの規模の会場では不向きだと思うのでN沢さんが簡単に引き受けたりしないよう、注意しておかなければ。

帰ってみれば午前一時を過ぎて、すぐフロに入ったら『やりすぎコージー』を半分以上見逃してしまった。

オーマイ、ガッ!!

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♪熱海の~海岸~散歩ぉ~した~ハンサム日記▽・w・▽

日曜休みの今日は午後から出かけて熱海駅へ。

無駄に歩いて西に向かい、とりあえずの目標だった静岡まで到達したので、今度はしばらく遠ざかっていた東ルートを歩くことに。

今回は事前にネットで各駅周辺の地図を軽く調べ、二度と迷ってしまうことのないように準備をしたんだけど、それでも三島駅を起点とした函南駅までのルート、というのは把握出来なかった。

そこで、この区間はひとまずパスすることにした。

まだ一度も駅から出たことの無かった熱海駅は、日曜ということもあって観光客の姿も多く、駅を出てすぐのところに並ぶお土産屋さんの前では、大勢の人が品物を物色していた。

市内各所の観光ホテルや旅館のお迎えスタッフが旗を持って立っているのを観るのも初めての経験。

みなさん、週末でお疲れなのか、明らかにやる気ゼロの表情で立っている。
昼寝をしている飼い犬が、自分の名前を呼ばれてお愛想で尻尾を振るくらいの、緩やか~なスウィングで旗を掲げている。

その脇を通って駅前から続く仲見世商店街に入る。

初めて知ったんだけど、熱海市、特に熱海駅周辺の土地って、山と海に挟まれた傾斜地がほとんどを占めていて、海岸部に降りるまではほとんど平地と呼ぶにふさわしい場所ってないのだった。

当然仲見世商店街もいきなり坂となって観光客を迎える。
かなりの傾斜だ。

まだ昼食を食べていなかったので、食べ物屋さんを物色しながら歩いたんだけど、今ひとつ心奪われるものがない。

どんどん坂道を降りて、どんどん海岸に近づき、とうとう坂を折りきってサンビーチ、と呼ばれる砂浜が見える所まで来た所でようやく『レストラン宝屋』という洋食屋さんを発見。

本当はそばでも軽くたぐって、なんて考えていたんだけど、カツカレーがおすすめ、みたいな看板を見て、あっさりと変更。

店の中に入ると中途半端な時間(午後四時過ぎ)なこともあって店内に客の姿はなく、初老、というよりははっきりとおばあちゃんと呼んでいいような年輩のウェイトレスが迎えてくれた。

早速カツカレーを注文して食す。
カツが大きくて、カレーも業務用なんかじゃないきちんと煮込んだもの。
大変美味しゅうございました。

その後しばらく海のそばをぶらついたり、砂浜を歩いたり、ベンチに腰掛けてボーッッとして時間を潰した。

観光地、ということもあっておれと同じような格好をした人(ジーンズ、スニーカー、Tシャツの上に軽くシャツを羽織って背中にはリュックサック) もちらほら見られて、みんなまっすぐ前を向いて、いかにも『私はある目的地に向かって歩いております』と、いわんばかりの決意を秘めた表情をしていて、そ のわりには何度もすれ違ったりする。
ただ、ぶらついているだけなのだ。

そうやって海や人を見ながら1時間と少々を過ごし、今度は長く続く坂道を登って熱海駅に戻った。

本当は今日は熱海駅から戻って函南駅まで行くつもりだったのだけど、函南駅~熱海駅間に長くながく続くトンネルがあることに気づき、断念。

何しろ熱海駅近くのバスターミナルからは函南方面に向かう路線が一つもないのだ。

それほど山道がきびしく、距離も離れている、ということなんだろう。

熱海駅前から今度は海岸部とは反対方向にもハイキングコースがあるようだったけど、時間も夕方から夜に近くなっていたし、これ以上坂道を歩くのもかったるかったので、電車に乗って帰ることに。

でも、その時心の中に囁く声が。

函南駅から三島に向かって歩けば、市街地に向かうルートだから道も分かりやすいんじゃない?

あ。
案外、そうかも。

なぜ、そんな簡単に考えを変えてしまったのか、今となっては分からない。

その時点で素直に帰っていれば7時ころには家に帰り着いていたのに、自分自身にそそのかされたせいで、実際に帰れたのは、それから4時間以上たってからのことだった…

明日は13時間拘束の通し勤務だというのに▽TwT▽

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毎日歩くハンサム日記▽・w・▽

毎日仕事が終わるのが、夜の10時を少し過ぎたくらい。

三月、四月は、ほぼ週末になるたびに大きな宴会が入ったりしたものだが、五月、そして今月に入ると、宴会の何も入らない週もある。

となると、仕事の中心はホテルに宿泊するお客さんの夕食メニューを出す作業。

あらかじめセッティングしたテーブルにお客さんを案内し、夕食メニューの内容を説明して、肉か魚、どちらかメインの料理を選んでいただいて、ドリンクなどのオーダーを受け、厨房に通す。

ドリンクを出し終わったあたりで、厨房からスープが出るのでまずそれを運ぶ。

そして、メイン料理を運びつつスープカップを下げ、ドリンクを飲み終わっているお客さんには追加のオーダーがないか声をかけてみる。

メイン料理を食べ終わったお客さんに食後のコーヒーかシャーベットをお持ちして夕食メニューは終了。

お客さんが来店する時間が重ならなければ、スムーズに仕事も進むし、たとえ一時に多くのお客さんが来店したとしても、さほど慌てる必要はない。

テーブル数は全部で11卓ほど。

しかもそのうち1番、2番卓はレストランの奥、厨房のすぐ近くにあるので、まず使うことがない。

事実上の満席は9卓分ほどで、入れ替わりでお客さんが入ってもディナータイムの来客数は忙しくなったとしても10~15組、20名を越すくらい。

レストランのウェイターなら、通常4~5卓分くらいは一人で受け持つ守備範囲になる。

おれとN沢さん二人で何とかやっていけるシステムにはなっている。

時折予約もなく、フルコースを食べに来たりするお客さんがいて、何しろ宿泊客用夕食メニューの四倍近い客単価になるので、もちろんお受けしてオーダーを通すんだけど、シェフはメイン料理の魚を切り分け、肉の余分な脂を除く作業から仕込まなければならないので、予約してくれよな~、と軽くぼやいたりする。

さて、そんなこんなで仕事が終わり、帰りになると、最近はほぼ歩いて家まで帰るようにしている。

無駄に歩くようになって妙に体力がついてしまい、気持ち的にある程度の距離を歩かないとスッキリとしないようになってきてしまった。

家まで歩くといっても、普段はN沢さんの車に便乗させてもらっているくらいだから結構な距離がある。

最短コースを通っても1時間とう~ん、2、30分はかかるかも。

その時にはもちろんi-Podで好きな音楽を聴きながら歩く。

最近のお気に入りは桑田圭祐の『明日晴れるかな』やRADWIMPS。
恥ずかしながらどちらも長澤まさみちゃんがらみの選曲だ。
どんだけ。

毎日コースを変えて、なるべく通ったことの無い道を探しつつ歩くので、割と軽く2時間以上歩くことになったりする。

もちろん一日ランチタイムからディナータイムまでの通しの勤務の時にはしないんだけど、平日の暇な日にはディナータイムからの出勤になるので、その前の日の夜なんかには歩く確率も大きくなる。

今時分の季節だと、まだ夜の空気は冷たくて歩くのには最適。

もうしばらくして暑くなってくると歩くのもしんどいようになってしまうだろう。

まあ、もちろんひまだから、というだけではなく、仕事中に埃がつもるように心の中にたまったストレスを解消する、という側面が大きい。

真夜中に住宅地を歩いたりもするわけだから、明らかに不審人物丸出しで、妙に姿勢良く、かなりのスピードで移動している姿は、そのうちに都市伝説の一部にでもなるんじゃないか、とさえ思う。

今に巡回中の警察官から職質をうけるんじゃないか、となかば期待半分で待ちわびていて、実際何度もパトカーとすれ違ったりしてるんだけど、まるで相手にしてもらえない。

大抵は手にコンビニで買った何がしかの食品の袋を提げていて、しかも明らかにどこか目的地に向かって歩いているように見えるはずの決然とした態度から、きっとこの近く、さほど離れていない場所に住む近所の住民、と判断されてしまうのではないか、と思う。

実は結構住宅街に入り込んで道に迷いそうになり、ウロウロとしてたりするんだけど、そんな時に限って目撃者もいなかったりするんだ、これが。

家に帰ってくるともう日付が変わっていることもしばしば。

それでもさほど疲れたとは感じなくなっている昨今だ。

歩いたからといって何かいいことがあるわけでもなんでもないんだけど、ランナーズハイ、といったか、それと近い状態になるのかもしれない、時々このままもっともっとどこまでも歩いてみたい、と思ったりもする。

真夜中に近い時刻、滅多に他の人間とすれ違わないような道を好きな音楽だけを相棒にただただ歩く。

なんて地味で、罪の無い人生なんだろう…

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無駄に歩いて大満足のハンサム日記▽・w・▽~こんな日が毎日続けばいいのに

今日は草薙駅~東静岡駅間を歩いた。

が、しかし、その前にもうけっこう前のこと、5月6、7、8日のレストランの三連休、7日に清水駅まで歩いた後、続く8日には早くも清水駅~草薙駅間を歩いていたのだった。

駅からさほど遠くないところにある、エスパルスドリームプラザに立ち寄って、何せ道を知らないものだからその後三保のあたりに向かう道を進んですっかり迷ってしまい、なぜか清水の次郎長の生家とやらを見物する羽目になった。

自分がいったいどこに進んでいるのか、という前にどこにいるのかさえまったく、全然、すっかり分からなくなってしまったので不本意ながら路線バスに乗って、一度清水駅近くまで戻り、結局エスパルスドリームプラザから清水駅に向かって少し戻ったところの道を西に向かって歩けばよいことが判明。

そこから先はただ幹線道路沿いに歩いただけなので、特に書き記すほどのことはなかった。

ただ、ジャスコの脇の坂道越えがきつくて、この道をなんらかの事情で毎日歩いたり自転車で通らなければならない人はさぞかし大変だろう、と思ったことを覚えている。

そして今日だ。

まずいつものように電車に乗って草薙駅まで。

西に向かうその前に最近すっかり神社好きになっているので、駅前の通りに大きな鳥居のある、草薙神社に寄り道。

それがこれ。

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ここまで駅から歩いても10分くらいだったか。
神社を見学し、写メを何枚か撮って、石段に座ってコンビニで買ったお茶とパンで昼食を済ませる。

神社脇の道を自動車が引っ切り無しに通っていく。
日本平に向かう人たちだ。

大勢の人を乗せたワゴン車から、軽自動車、ツーリングのバイカー達。

神社の後、日本平にも行こうか、と思って少し歩き始めたんだけど、とにかく自動車の通行が止まず、しかも歩行者が歩きやすい道が別に作られているわけでもなくて危なかったのでヤメ。

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この写真は、引き返す途中、幼稚園の隣の空き地に置いてあった廃バスで、農家の人が使わなくなった農具なんかを置いているようだった。

これで誰かがこのバスの中にくらしているようだと、アメリカのディープサウスっぽくて面白いんだけど、ようするにただの物置でした。

そこから草薙駅前の道には戻らず、少し降りた所から西に進んで、県立大や美術館、中央図書館などへ続く道を歩く。

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そしてたどり着いた県立大前の並木道。

すばらしい環境である。

こういう雰囲気、大好き。

この並木道、日曜ということもあって学生の姿はまばらで、近所の住宅街に住む人たちがウォーキングをしたり、犬の散歩をしていたり、ベビーカーを押しながら歩いていたり、のどかで平和、この風景をこのまま額縁にはめ込んで『ザ・休日』とタイトルをつけて飾りたいくらいだ。

たしか、Bにいた頃のバイトの後輩の中ではT姉妹Aくんがここの出身のはず。

うらやましい~。

あのN山から毎日ここまで通うのはいろいろな意味で大変だったろうし、かったるい朝も多かっただろうけど、この環境で十代の終わりから二十代の始めの時期を過ごせた、というのはホント、ただただうらやましい…

この県立大前の並木道を抜けると、南幹線、と呼ばれる大きな道路へと続く坂道、並木通りになる。

ここらあたりはマンション、というほど大きな建物はほとんどなく、ちょっとお洒落な感じのアパートや一戸建てが多く、高級住宅街、と言った雰囲気。

坂道の途中にカフェや公園もあって、こんな所で暮らしてみたいもんだ、と思う。

公園は谷田の宮何とか公園という名前だったと思う。
今日のことなのに早くも記憶が怪しいのは、公園の奥に行って一休みしよう、と歩き始めたとたんにベンチで抱き合うカッポーの姿を見て、仕方なく入り口付近の通りから丸見えのベンチに座って一休みせざるを得なかった無念さのなせる業かも知れぬ。

名残りおしいけど、坂道を降りて下界の幹線道路へ。

この南幹線はやや距離は離れているものの、ほとんどJR東海道線と平行しているので、東静岡駅までは迷う心配もない。

西へ進むとやがて草薙総合運動場や草薙球場などが集まる区域へと出る。

この中にも芝生広場、と名づけられた場所があって若い夫婦たちが小さな子供を遊ばせている。

ベンチに座ってまわりを見ていると、隣のベンチには小奇麗な格好はしているものの、全財産をリュックサックに詰め込み、自転車で移動しながら生活する、ホームをレスしてしまった風情のおじさんがいて、さらにまわりを見渡すと、日のあたる場所にあぐらをかいて座り込んだ、上半身裸の格闘技でもやっていそうな体格の青年が文庫本を読みふけっている。

文庫本を読むくらいでそこまでは必要ないんじゃないか、と思いたくなるほどの集中力だ。
すぐそばを小さな子供が走りすぎても微動だにしない。

そんな人たちに別れを告げ、さらに西へ。

途中で古本屋があるので立ち寄る。
近頃流行のチェーン店系の古本屋ではなくて、個人経営の店。

店の外に文庫本やコミックの棚。
中に入っても中心はノベルスや文庫本やコミック。

奥のほうにややプレミアのつきそうな芸能人の写真集や映画関係の書物が置いてあって、どうやらここらあたりが店主の趣味と見た。

小説関係には実は詳しくないらしくて、村上春樹さんの単行本の中ではあまり知られていない 『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』 という、紀行本の初版本がたった380円で売られていたりする。

もちろんゲット。
さらに、 『カンガルー日和』 の箱入り単行本、もちろん初版がこちらは300円。
ガルルルル~とあたりを威嚇しながらゲット。

あと、小林信彦さんの映画館系の文庫本も合わせて計三冊購入860円。
安い買い物だぜ。

その店を出て時刻は午後五時過ぎ。

軽く空腹。

鼻をひくつかせながら歩いて、さすがカレーマスター、 『マハラジャ』 という、インド人が調理するインドカレー屋を見つける。

インド人のウェイトレスさんに迎えられて店の中に入り、オーダーを取りに来たインド人のコックさんに 『サギカレー(ほうれん草とチキンのカレー)』 と『バターライス』を注文する。

やってきたのは予想通りに緑色のカレー。

黄色く染まったバターライスと合う。

カレーがおいしくてぱくぱくと食べすぎ、ルーが余ってしまったのでナンも追加注文。
やってきたのはおれの両手を広げたくらいの大きさの熱々のナン。
表面がパリッとして中はモチモチ。
大変、おいしゅうございました。

店を出てさらに西へ進み、無事東静岡駅へ到着。

ここの駅舎も現代的なデザインで、清水駅と同じようなコンセプトで作られているようだ。

駅というより、ちいさな空港、といった雰囲気。

今日は色々な景色、環境と出会えたし、いい本も手に入ったし、おいしいカレーも食べられた。

満足、満足とつぶやきシローで帰路についた。

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琉球王子とハンサム日記▽・w・▽

波切不動尊や茨原神社を後に、さらに西へ清水駅を目指して進む。

しばらく進んで本陣跡の前を通る。
記念館のように見学出来るようになっていても連休明け、というせいか休館のようで中は見られなかった。

旧東海道のルートは道沿い、あるいはやや離れた場所にやたらと神社仏閣が多い。

写真は清見寺というお寺で、なかなかに立派な本堂だった。

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ここには、琉球王子の墓、という史跡があるそうで、江戸時代には外国であった現在の沖縄、琉球王国から使節として訪れていた琉球王国の王子が病に倒れてそのまま客死したのを弔っている。

境内のどこにあるのか、と探して本堂の横を見てみると、そこには五百羅漢像がずらり(写真2)。

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この写真の先に墓地へ続く道があって、その道端にも羅漢像は置かれている。

境内には宿坊があり、その裏側には美しい中庭があって見学できるようだけど、時間的にもう夕方で他に誰もいなかったので申し込むのも気が引けて断念。

結局琉球王子の墓は発見できなかった。
琉球(沖縄)、という土地柄、きっとダンスや歌のうまい王子様だったろう。

清見寺を後にしてさらにさらに西へ進むと、旧街道沿いのルートから国道一号線へと合流する。

それからはただひたすら一号線に沿ってずーっと歩く。

国道まで出てしまうと旧街道の雰囲気もほとんどなくなり、どこにでもある道路沿いの風景が続く。

食べ物屋があって個人商店があって、パチンコ屋の看板と中古ゲーム屋とガソリンスタンドとコンビニと信用金庫。

まったく世の中には色々な信用金庫があるもんだ、と思う。

大体において信用金庫の多くは本来その土地から少し外れた地名を頭につけていることが多い。

沼津に三島信用金庫があったり、富士市に富士宮信用金庫があったり、清水にはなぜか焼津信用金庫があったりする。
いくらなんでも地理的に外れすぎているんじゃないか、と思うんだけど、あるんだから仕方が無い。
港つながりかもしれないし。

さらに歩いていくと道路が大きくなり、清水駅前に続く大きな通りになる。

この頃には長くなった陽もすっかり落ちて辺りは夜の世界へ。

暗くなった街が様々な色や種類の明かりに彩られる。

歩いていると感じるんだけど、やはり昼と夜では街、あるいは町の雰囲気ってがらりと変わる。
大きな街はよりいっそうにぎやかな雰囲気になるけど、小さな町はひっそりと息を潜めてやがてまた朝になるまで本当に眠るように静かになる。

この清水では、駅前ということもあってまだ結構にぎやか。

清水駅に来たのは本当に久しぶりで、しかも駅の外を歩くなんて10年以上ぶりのことだった。

歩いている途中からおなかが空いていて、カレーが食べたいけど、どこかの喫茶店とかの業務用のカレーじゃな~、せめてCOCO壱でもあればいいけど、大体郊外にあるし…なんて思っていると。

あった。
本当にCOCO壱があった。

しかも駅前ビル、清水駅前銀座通りの入り口付近の一階にテナントとして入っている、という珍しいパターンだ。

大体COCO壱って郊外の駐車場を広く作れるような場所にあることが多いのに、駅前に、ドトールあたりがお似合いの場所にあってくれた。

もちろん大喜びで入る。
COCO壱でも、なんて言い方をしたおれが愚かでした。
ビーフカツカレー、おいしゅうございました。

カレーに満足して帰ろうか、と駅構内へ入る。

変わった。
清水駅、すっかり、なんというか、大人びた、というか近代化された、というか、昔は割と地味な駅舎と駅前だったのがすっかり洗練された感じになっていた。

特に港側の方、大きく広い駐車場が作られ、そこが街灯に照らされて美しい。

いいな~、今更大都会に行きたいとは思わないけど、せめてこのくらいの大きくて便利で街並みがきれいな所に住みたい。

そういえば清水駅近辺にもビジネスホテルが多いな…
と、言うことはきっと内部にはレストランも…

なぜかすぐに帰りたくなくなって、意味無く、静鉄に乗ってみたり、港側をまた少しだけ歩いてみたりして、帰りの電車に乗ったのは午後10時近く。

この日も家に着く頃にはすっかりクタクタになっていたけど、それも気持ちのいい、良い休日になった。

これからは休日を過ごすなら、清水がいいかも知れないな▽・w・▽

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無駄に歩く、ハンサムは何を目指す▽・w・▽その1

四月の頭に由比駅~興津駅間、薩埵峠ルートを無駄に歩いてから早や一ヶ月。

次のルート、興津駅~清水駅編を歩いてきた。

四月中に歩きたかったんだけど、なぜか休みのたびに天候が今いちの状態で果たせなかった。

世間がGWの連休中、レストランは店休日無しの営業を続けていて、ようやく6日からおれ達も休み、しかも3連休。

6、7日も昼頃まで、それほど天候がすぐれず、今回も駄目か、と諦めかけていたところ、昨日7日の午後も2時を過ぎたあたりから晴れ間が見え出した。

自宅の部屋の中からそれを見た瞬間に

「い、今だーーー!!」

と、一声叫んで自分に気合を入れ、さらにアントニオ猪木にびんたを一発もらって(妄想)出発。

電車を降りて興津駅に着いたのが午後4時過ぎ。

その頃には再び曇り始めていたんだけど、もう気にせずに出発。
猪木に張られた頬の痛みで(妄想)気合十分だ。

興津駅前から西へ続く道、車で行くならバイパス、歩くなら旧東海道がいい。

興津は明治5年頃までは街道沿いにずらりと旅籠などの宿泊施設がならび、参勤交代の諸大名が泊まる本陣、脇本陣なども備えた大きな宿場だったようだ。

それが明治18年頃になると宿泊施設は三分の一くらいに減ってしまったようで、なんでこんなことを知っているか、というと、こういう観光スポットに行くとそういう町の歴史などを書いた掲示板みたいなものが必ずあるからで、なかなか勉強になってつい読みふけってしまう。

興津駅前には大きな周辺図もある。

それを見ると、駅からさほど離れていない場所に波切不動尊や、茨原神社など、寄り道心をそそられるスポットがある。

念を入れて、道端に立っていたお巡りさんに尋ねてみると、詳しく教えてくれて観光用地図のコピーまでくれた。

しばらく歩いて細いわき道に入り、線路を渡ると、早速茨原神社の入り口になる。

山の上にあるような神社の場合、数十段も続く階段だけじゃなくてその脇にゆるやかな坂道があって、少しは楽に拝殿や本殿までたどり着けるようになっている。

この波切不動尊と茨原神社はほぼ隣接した場所にあって、上まで登ってしまえば一度に見学出来そうだ。

まだ歩き始めたばかりなので、スタミナを温存するたまに楽なわき道ルートへ進んだ……

少し進むとすぐに見える不動の滝の横を通って山道を登り始める。

しかし、このわき道ルートの坂道がきつい。
不動尊の拝殿近くになると段々と傾斜もきつくなって腿が張ってくるのが分かる。

もう一度猪木にビンタをもらって(妄想)気合を入れなおし、なんどかたどり着く。

が、不動尊の方は、なんていうか寂れた感じで戸も閉まっていて小屋みたいな建物があるだけ。

御神体も拝めず、しまったここまでに費やした体力が、と軽く悔やみつつ、その脇を抜けて茨原神社へ続くはずの道を歩く。

が、そこで愕然とする。

山肌が削られて、何やら工事中。

まさか、あそこに神社があったわけじゃ…

と心配しつつよく見ると、道はその工事現場の脇を抜けるように先へ続いているようで一安心だ。

しかし、この不動尊といい、神社といい、訪れる人が滅多にいいないようで(そりゃそうだ、この道はきつい)、道もあまり整備されていなくて、落ち葉が道を覆い、昨日までの雨で濡れてまだ乾いておらず、すべりやすそうで怖いよブルブル。

そしてこれが茨原神社。
左端に見切れているのがおれの指の一部だ。

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写真を見てもらえば分かるように、階段も苔むして、しかももう夕方も近くてあたりは薄暗い。

足元に細心の注意をはらいつつ階段を上って挨拶を済ませて、そのまま今度は階段ルートで降りる。

十数段降りてまた山道、今度はいわゆる九十九折の道。

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行って来い、の道が5、6回折り返していて途中までは柵もなくて相変わらず足元はすべりやすい。

今はコンクリートで舗装されていて何とか普通に歩けるけど、昔の人はさぞかしスリルに満ちた参拝となったことだろう。

九十九折の道が終わってまた階段を降りて無事に下山。

結構足にダメージが残り、これでまだ興津駅から多分数百メートルの距離。

今回も先は長いぜ…

              続く

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