『山田太郎ものがたり』多部未華子さんを愛でるハンサム▽・w・▽
多部未華子さんファンにはたまらない展開になってきた
『山田太郎ものがたり』第6話。
このまま、太郎と隆子の恋愛がストーリの主軸となるのでしょうか。
今回のラストで、隆子が出演した映画の台詞をそのまま使って太郎に想いを告げるシーン。
肝心の太郎には、全く通じず、スルーされてしまいます。
告白した相手に、告白した、と気づかれていないのですから、振られたわけでもなんでもない、と思うのですが、ドラマの公式サイトの7話目あらすじを読むと、告白するも玉砕した隆子は…という扱いになっています。
来週、親友の中井正美=大塚ちひろ、の取り計らいもあって再度告白のチャンスをうかがうようですが、果たして…?
以前にも書いたように、このドラマのストーリー展開を巡っては賛否両論が入り乱れてまして、特に一番多いのが、原作のマンガではそれほど重要な役柄ではない池上隆子の活躍ぶり。
なぜ池上隆子にまつわるエピソードが、あれほどドラマの中心に据えられるのか。
もっと太郎や太郎の家族、親友御村を中心にしたストーリー展開にしてほしい、というのが、アンチ隆子派の人たちの主張なわけです。
たしかに、太郎を勝手に自分の妄想の主人公に仕立て上げ、太郎にまつわりついて空回りし続けるだけのキャラクター、というのであれば、あれほど隆子のエピソードに時間を割く必要はなかったでしょう。
しかし、6話目になって太郎と隆子の恋愛話がストーリーの主軸になる(ただし、わかりやすくは成就しないはずです)、ということがはっきりとしたことで、なぜあれほど隆子目線のストーリー展開になっていたか、に答えが出たのではないでしょうか。
このドラマは、誰に感情移入しながら観るべきなのか。
実はそのことが非常にあいまいなまま、ドラマはスタートしていました。
今時ありえないレベルの貧乏暮らしをしている太郎か?
華道の家元の跡取りとして、これまたありえないほど裕福な環境に恵まれた御村か?
いずれも、桁外れな貧富の差、というものがあって、観ていても共感しづらい部分がある主人公の2人です。
一見、太郎や太郎の家族のように、貧しくても毎日を幸せに生きることがテーマ、のように見えますが、たいていの人間は、太郎のようには貧しさを受け入れることが出来ません。
軽く裕福であること、が現代の主流となりつつあるこの状況の中で、貧しさに苦労はするものの、その事実をあるがままに受け入れる太郎やその家族の存在、はある意味異端ですらあります。
隆子の家庭は、太郎ほど桁外れに貧しくは無く、御村のように桁外れに裕福でもありません。
池上隆子というキャラクターは、視聴者目線でストーリーを展開するための狂言回しとして設定されている、という風に考えるのが自然なような気がします。
狂言回し、というのは、文字通り古典芸能である狂言の世界から生まれた言葉です。
我らがネット辞書『ウィキペディア』によりますと、
物語のほぼ全般に渡って、物語の進行に重要な役割を果たすキーパーソンのこと。
という説明になっています。
主人公ではない場合が多いが~主役以上に印象に残る役柄であることが多い、という説明もあって、これってまさに、ドラマ『山田太郎ものがたり』における池上隆子ですよね。
ただ、はじめのうち隆子は、妄想が激しすぎてとても視聴者の共感を呼べるようなキャラクターではありませんでした。
隆子を演じる女優が、多部未華子さんでなかったなら、批判の舌鋒はもっともっと鋭く、毒を含んだものになっていたでしょう。
さて、ここからは多部未華子さん礼賛になりますが(長いな前置きが、ビックリするわ)、6話目における隆子役は今まで以上に素晴らしいものでした。
自分自身の中にある太郎への感情を持て余し、整理することさえ出来ずに感情をアップダウンさせていまう隆子、というキャラクターを多部さん以上に巧みに演じられる女優っていないんじゃないか、とすら感じてしまいました。
御村から太郎が恋に落ちたかもしれない、と聞かされる場面。
「恋?」
と、驚いた後
「あ、あたしには関係の無いことだから」
という短い台詞の間に見せる驚くべきほどの多彩な表情。
興味が無いなら、と立ち去ろうとする御村を素早く、間を空けずに
「ちょっと待って」
と、引き止める時の、棒でも呑んだようなぎこちない動き。
興味がないくせに、なんでそんなことを聞いてくるんだ、という御村のツッコミに
「聞いただけ」
と低く息だけの声で答え、やがて高笑いしながら立ち去るまでの演技。
完璧。
完の璧でした。
分かりやすすぎてわざとらしい、と感じた方もいるでしょう。
もちろん隆子は、思いっ切り、分かりやすく、自分の本当の気持ちを誤魔化しているわけですから、わざとらしく、うそ臭く感じて正解なんです。
正直に言うと、はじめのうち、妄想爆発だった頃の隆子役って、今までの多部さんの演じてきたどの役柄とも違うハイテンションで、声も今まで聞き慣れてきた中性的なものよりもかなり高い音域を意図的に使っていて、違和感があったんです。
でも、さすがに多部未華子さん。
4話目までの妄想キャラが落ち着いた5話以降の演技で、隆子役を自分の得意とする領域まで引き寄せてしまいました。
公式サイトによる動画インタビューによると、隆子役の印象を聞かれて
「とにかく、妄想ですね。すさまじい…」
と、答えていますから、かなり戸惑いもあったんじゃないでしょうか。
その隆子役を、自分の理想と環境のギャップに戸惑い、自分の中の恋愛感情すら他人からのフォローがなければ自覚出来ない不器用ながらに多感な少女、として見事に演じきってくれています。
これからも池上隆子=多部未華子さんの活躍を楽しみに、
『山田太郎ものがたり』
を見続けたい、と思ってます。
それにしても御村の言う第三段階って何▽・w・▽?
『山田太郎ものがたり』第6話。
このまま、太郎と隆子の恋愛がストーリの主軸となるのでしょうか。
今回のラストで、隆子が出演した映画の台詞をそのまま使って太郎に想いを告げるシーン。
肝心の太郎には、全く通じず、スルーされてしまいます。
告白した相手に、告白した、と気づかれていないのですから、振られたわけでもなんでもない、と思うのですが、ドラマの公式サイトの7話目あらすじを読むと、告白するも玉砕した隆子は…という扱いになっています。
来週、親友の中井正美=大塚ちひろ、の取り計らいもあって再度告白のチャンスをうかがうようですが、果たして…?
以前にも書いたように、このドラマのストーリー展開を巡っては賛否両論が入り乱れてまして、特に一番多いのが、原作のマンガではそれほど重要な役柄ではない池上隆子の活躍ぶり。
なぜ池上隆子にまつわるエピソードが、あれほどドラマの中心に据えられるのか。
もっと太郎や太郎の家族、親友御村を中心にしたストーリー展開にしてほしい、というのが、アンチ隆子派の人たちの主張なわけです。
たしかに、太郎を勝手に自分の妄想の主人公に仕立て上げ、太郎にまつわりついて空回りし続けるだけのキャラクター、というのであれば、あれほど隆子のエピソードに時間を割く必要はなかったでしょう。
しかし、6話目になって太郎と隆子の恋愛話がストーリーの主軸になる(ただし、わかりやすくは成就しないはずです)、ということがはっきりとしたことで、なぜあれほど隆子目線のストーリー展開になっていたか、に答えが出たのではないでしょうか。
このドラマは、誰に感情移入しながら観るべきなのか。
実はそのことが非常にあいまいなまま、ドラマはスタートしていました。
今時ありえないレベルの貧乏暮らしをしている太郎か?
華道の家元の跡取りとして、これまたありえないほど裕福な環境に恵まれた御村か?
いずれも、桁外れな貧富の差、というものがあって、観ていても共感しづらい部分がある主人公の2人です。
一見、太郎や太郎の家族のように、貧しくても毎日を幸せに生きることがテーマ、のように見えますが、たいていの人間は、太郎のようには貧しさを受け入れることが出来ません。
軽く裕福であること、が現代の主流となりつつあるこの状況の中で、貧しさに苦労はするものの、その事実をあるがままに受け入れる太郎やその家族の存在、はある意味異端ですらあります。
隆子の家庭は、太郎ほど桁外れに貧しくは無く、御村のように桁外れに裕福でもありません。
池上隆子というキャラクターは、視聴者目線でストーリーを展開するための狂言回しとして設定されている、という風に考えるのが自然なような気がします。
狂言回し、というのは、文字通り古典芸能である狂言の世界から生まれた言葉です。
我らがネット辞書『ウィキペディア』によりますと、
物語のほぼ全般に渡って、物語の進行に重要な役割を果たすキーパーソンのこと。
という説明になっています。
主人公ではない場合が多いが~主役以上に印象に残る役柄であることが多い、という説明もあって、これってまさに、ドラマ『山田太郎ものがたり』における池上隆子ですよね。
ただ、はじめのうち隆子は、妄想が激しすぎてとても視聴者の共感を呼べるようなキャラクターではありませんでした。
隆子を演じる女優が、多部未華子さんでなかったなら、批判の舌鋒はもっともっと鋭く、毒を含んだものになっていたでしょう。
さて、ここからは多部未華子さん礼賛になりますが(長いな前置きが、ビックリするわ)、6話目における隆子役は今まで以上に素晴らしいものでした。
自分自身の中にある太郎への感情を持て余し、整理することさえ出来ずに感情をアップダウンさせていまう隆子、というキャラクターを多部さん以上に巧みに演じられる女優っていないんじゃないか、とすら感じてしまいました。
御村から太郎が恋に落ちたかもしれない、と聞かされる場面。
「恋?」
と、驚いた後
「あ、あたしには関係の無いことだから」
という短い台詞の間に見せる驚くべきほどの多彩な表情。
興味が無いなら、と立ち去ろうとする御村を素早く、間を空けずに
「ちょっと待って」
と、引き止める時の、棒でも呑んだようなぎこちない動き。
興味がないくせに、なんでそんなことを聞いてくるんだ、という御村のツッコミに
「聞いただけ」
と低く息だけの声で答え、やがて高笑いしながら立ち去るまでの演技。
完璧。
完の璧でした。
分かりやすすぎてわざとらしい、と感じた方もいるでしょう。
もちろん隆子は、思いっ切り、分かりやすく、自分の本当の気持ちを誤魔化しているわけですから、わざとらしく、うそ臭く感じて正解なんです。
正直に言うと、はじめのうち、妄想爆発だった頃の隆子役って、今までの多部さんの演じてきたどの役柄とも違うハイテンションで、声も今まで聞き慣れてきた中性的なものよりもかなり高い音域を意図的に使っていて、違和感があったんです。
でも、さすがに多部未華子さん。
4話目までの妄想キャラが落ち着いた5話以降の演技で、隆子役を自分の得意とする領域まで引き寄せてしまいました。
公式サイトによる動画インタビューによると、隆子役の印象を聞かれて
「とにかく、妄想ですね。すさまじい…」
と、答えていますから、かなり戸惑いもあったんじゃないでしょうか。
その隆子役を、自分の理想と環境のギャップに戸惑い、自分の中の恋愛感情すら他人からのフォローがなければ自覚出来ない不器用ながらに多感な少女、として見事に演じきってくれています。
これからも池上隆子=多部未華子さんの活躍を楽しみに、
『山田太郎ものがたり』
を見続けたい、と思ってます。
それにしても御村の言う第三段階って何▽・w・▽?
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