« 続けて落札ハンサム日記▽・w・▽ | トップページ | 琉球王子とハンサム日記▽・w・▽ »

無駄に歩く、ハンサムは何を目指す▽・w・▽その1

四月の頭に由比駅~興津駅間、薩埵峠ルートを無駄に歩いてから早や一ヶ月。

次のルート、興津駅~清水駅編を歩いてきた。

四月中に歩きたかったんだけど、なぜか休みのたびに天候が今いちの状態で果たせなかった。

世間がGWの連休中、レストランは店休日無しの営業を続けていて、ようやく6日からおれ達も休み、しかも3連休。

6、7日も昼頃まで、それほど天候がすぐれず、今回も駄目か、と諦めかけていたところ、昨日7日の午後も2時を過ぎたあたりから晴れ間が見え出した。

自宅の部屋の中からそれを見た瞬間に

「い、今だーーー!!」

と、一声叫んで自分に気合を入れ、さらにアントニオ猪木にびんたを一発もらって(妄想)出発。

電車を降りて興津駅に着いたのが午後4時過ぎ。

その頃には再び曇り始めていたんだけど、もう気にせずに出発。
猪木に張られた頬の痛みで(妄想)気合十分だ。

興津駅前から西へ続く道、車で行くならバイパス、歩くなら旧東海道がいい。

興津は明治5年頃までは街道沿いにずらりと旅籠などの宿泊施設がならび、参勤交代の諸大名が泊まる本陣、脇本陣なども備えた大きな宿場だったようだ。

それが明治18年頃になると宿泊施設は三分の一くらいに減ってしまったようで、なんでこんなことを知っているか、というと、こういう観光スポットに行くとそういう町の歴史などを書いた掲示板みたいなものが必ずあるからで、なかなか勉強になってつい読みふけってしまう。

興津駅前には大きな周辺図もある。

それを見ると、駅からさほど離れていない場所に波切不動尊や、茨原神社など、寄り道心をそそられるスポットがある。

念を入れて、道端に立っていたお巡りさんに尋ねてみると、詳しく教えてくれて観光用地図のコピーまでくれた。

しばらく歩いて細いわき道に入り、線路を渡ると、早速茨原神社の入り口になる。

山の上にあるような神社の場合、数十段も続く階段だけじゃなくてその脇にゆるやかな坂道があって、少しは楽に拝殿や本殿までたどり着けるようになっている。

この波切不動尊と茨原神社はほぼ隣接した場所にあって、上まで登ってしまえば一度に見学出来そうだ。

まだ歩き始めたばかりなので、スタミナを温存するたまに楽なわき道ルートへ進んだ……

少し進むとすぐに見える不動の滝の横を通って山道を登り始める。

しかし、このわき道ルートの坂道がきつい。
不動尊の拝殿近くになると段々と傾斜もきつくなって腿が張ってくるのが分かる。

もう一度猪木にビンタをもらって(妄想)気合を入れなおし、なんどかたどり着く。

が、不動尊の方は、なんていうか寂れた感じで戸も閉まっていて小屋みたいな建物があるだけ。

御神体も拝めず、しまったここまでに費やした体力が、と軽く悔やみつつ、その脇を抜けて茨原神社へ続くはずの道を歩く。

が、そこで愕然とする。

山肌が削られて、何やら工事中。

まさか、あそこに神社があったわけじゃ…

と心配しつつよく見ると、道はその工事現場の脇を抜けるように先へ続いているようで一安心だ。

しかし、この不動尊といい、神社といい、訪れる人が滅多にいいないようで(そりゃそうだ、この道はきつい)、道もあまり整備されていなくて、落ち葉が道を覆い、昨日までの雨で濡れてまだ乾いておらず、すべりやすそうで怖いよブルブル。

そしてこれが茨原神社。
左端に見切れているのがおれの指の一部だ。

0069 

写真を見てもらえば分かるように、階段も苔むして、しかももう夕方も近くてあたりは薄暗い。

足元に細心の注意をはらいつつ階段を上って挨拶を済ませて、そのまま今度は階段ルートで降りる。

十数段降りてまた山道、今度はいわゆる九十九折の道。

0071 

行って来い、の道が5、6回折り返していて途中までは柵もなくて相変わらず足元はすべりやすい。

今はコンクリートで舗装されていて何とか普通に歩けるけど、昔の人はさぞかしスリルに満ちた参拝となったことだろう。

九十九折の道が終わってまた階段を降りて無事に下山。

結構足にダメージが残り、これでまだ興津駅から多分数百メートルの距離。

今回も先は長いぜ…

              続く

|

« 続けて落札ハンサム日記▽・w・▽ | トップページ | 琉球王子とハンサム日記▽・w・▽ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 続けて落札ハンサム日記▽・w・▽ | トップページ | 琉球王子とハンサム日記▽・w・▽ »