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2007年3月

2007年3月31日 (土)

夜と桜とハンサム日記▽・w・▽

この3月は、送別会シーズン。

うちのレストランも、レストランというよりバンケット会場としての利用の方が多く、20名様以上の宴会が毎週末に必ずあって、クリスマスシーズンを含む12月よりも売り上げがあるほどだった。

30名を超える参加者の宴会、食事会になると厨房の人数の関係で他のお客さんを取ることが難しくなるため、あらかじめ他の予約が先に入っていなければ、ほぼ貸切りになる。

そうなると、例えば18:00開始でビュッフェスタイルの宴会の場合、フリードリンクの適用時間が二時間なので20:00過ぎくらいにはお開きとなる。

それから、卓上の片付け、テーブルを朝食バイキング会場用に戻し、洗いあがった食器やシルバー類、グラス類を拭きあげ、しまってあった場所に戻すのに、約一時間。

その後にいつものごとく豪華な賄いがあって21:30、賄いの片付けと料理出しカウンターをきれいにしたり、レジの締めをやったりしているうちに大体22:00くらいの上がり時間となる。

それからN沢さんに車で帰り道の途中、店舗面積の広いコンビニのある所まで送ってもらい、コンビニで何か飲み物を買って、そこから家まで歩き始めるのが22:20頃。

家までの道筋を、わざと遠回りするようにして帰る。

夜の桜を見るためだ。

今年の春は桜が咲くのも早いし、咲き始めるとあっっというまに満開同然の開花状況になる。

車から降ろしてもらうコンビニからしばらく歩くと川を渡る橋があって、その橋から川沿いの土手に並ぶ桜が、今夜あたりでもう満開。

橋を渡ると別のコンビニがあり、そこからさらに遠回りの道に進むと、車線がいくつもに別れる地点があって、その道路の中ほどに三角形の小さな公園くらいの大きさの緑地帯がある。

芝生の敷きつめられたその場所には、大きく枝を張り出した桜の樹が何本かあって、街灯もない場所でも、月明かりで薄ぼんやりと桜の花が見える。

思わず歩く足を止めて、見入ってしまうくらい見事に咲いている。

道路を渡って緑地帯に入り、ふかふかと足が沈み込むような芝生の上を歩いたり立ち止まったりしながら夜桜を見物する。

多分その時の自分は馬鹿みたいに口を開けたまま桜に見惚れているはずだ。

少し遠回りをするだけで、以外な場所に咲く見事な桜を見物出来る。

毎年この季節になるたびに、ああ今年も満開の桜を見逃した、と嘆くことが多いんだけど、今年は十分に桜を堪能している。

しかも、夜桜。

こんな時だけ、酒を飲めない自分の体質がうらめしい。
酒が飲めたら途中のコンビニでビールにおつまみでも買って、一人で花見酒を楽しめるんだけど。

が、その前に誰かに通報されて警察官から職務質問されたりして。
実際ありそうで嫌な世の中だぜ、ふう~▽・w・;▽

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2007年3月28日 (水)

無駄に歩く、さすがにクタクタハンサム日記▽・w・▽

そんなわけで、今日は休み。

天候に恵まれたので『由比駅~興津駅編・薩埵峠経由』を歩いてきた。

前回に由比駅前の食堂のおかあさんに聞いた時には

「小学生が学校の行事で使うハイキングコースだから、そんなに大変な道じゃないですよ」

とのことだった。
軽くだまされた▽・w・;▽

いや。
きっと、小学生たちは峠のハイキングコースを歩くだけで、峠を降りてからさらに興津駅まで歩く、なんてことはしないんだろう、でも、それにしてもハイキングコースのアップダウンだってかなりきついところはあった。

他にもおじいさんおばあさんたちが同じコースを歩いていたけど、元気なものだ。

まず、午後一時半頃に由比駅に到着。
駅舎を出て西にしばらく歩き、歩道橋を渡って薩埵峠方面への道に入る。

写真の通り、ここも旧東海道の街道沿いの道なので、特色のある造りの民家が多い。

0044

基本的に道路に沿って横長に伸びた形の家が多いのが、由比~興津ルートの旧街道の特徴。

写真のような格子窓の家は、昔、宿屋を営んでいた名残りらしい。
一般民家なんだけど、遠慮も無く、バシバシ写メを撮りまくり、明らかに胡散臭がられてしまった。
大丈夫です、ただのハンサム日記▽・w・▽です。

由比駅から薩埵峠入り口まで約2km以上歩く。
その間にも神社仏閣がところどころにある。

勝手に土地を歩き回るわけなので、とりあえずその土地の神様には仁義を切って挨拶をするようにしていて、神社を見かけたらとりあえず境内に入ってお参りするようにしている。

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たいていの神社は小高い小山か岡の上にあり、本殿にたどり着くまで角度のきつい石段を数十段登って行かなければならない。

今回のルートにはそのような神社が三つほどあり、その全てをお参りしたので、多分百段以上の石段を上り下りしたはず。

明後日に訪れるだろう(もう年寄りなので明日すぐにはやってこない)腿の筋肉痛が怖い…

薩埵峠入り口から上がって行こうとすると、道路作業員の人から声をかけられた。
なんでも、地すべり防止のための工事をしているので、峠の途中にある駐車場から先は、遊歩道のコースしか通れない、とのこと。

「まあ、そっちが旧東海道なんですけどね」

ということで、現在工事中のコースは、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)ゆかりの史跡に向かうものらしい。

まあ、気楽な無駄歩きなのでどんなコースでもいい。
とりあえず、峠入り口から始まる、結構急な坂道を登り始める。
これがきつかった。

しばらく歩けば坂もゆるやかになり、後は比較的おだやかなアップダウンの道を歩いてゆけばよいのだけれども、峠道入り口は由比側、興津側どちらも急勾配。

これを上るだけで汗ばみ、息が上がる。

途中からしばらく同じルートを同じ興津側に向かって歩く二組合同のお年寄り夫婦がいた。

こちらが神社に寄り道をしている間に抜かされたり(おのれ卑怯な)、またこちらが抜かしたり、なんてことを繰り返していると、お年寄りたちが峠道の途中で記念撮影を始めた。

当然カメラマン役の人は、他の人と一緒には写れない。
気にせずに行こうかと通り過ぎ、でも思い直して引き返し、シャッターを押しましょうか、とこちらから声をかけて、二組四名を一緒に撮影した。
とても感謝された。

俺様という人間は、このようにして他人に親切にすることが多く、いわゆる日常茶飯事ってやつだ。
だから感謝されてもいや、別に…と渋く返して再び歩き始め、あっという間におじいさんおばあさんを置き去りにする。

だいたい、人が神社に寄っている間に抜かすなんて…

峠道の左右はオレンジやはっさくの樹が延々と植えてあって、無防備に果実が成っている。
取ろうと思えば取れるくらいの位置にあるんだけど

「良識がアディダスのスニーカーを履いて歩いている」

と、言われる俺様は見向きもしない。

進行方向に向かって左側にはず~っと駿河湾が続く。
その手前には国道一号線と東名高速道路、海の向こうには富士山や富士市の工場地帯の煙突群、さらには伊豆半島が見えて眺望はなかなかのもの。

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歩いているうちに駐車場までたどり着く。

景色がいいのでもっと歩きたくなっていた。
遊歩道コースが簡単そうだったので、日本武尊ゆかりのコースを歩きたくなっていて、地すべり防止工事をしている脇をすり抜ければ先に行けるか、と思っていたんだけど、交通整理役の人から

『行けませんからね』

と、くっきり釘をさされてしまった。
よほど行きたそうな顔をしていたのだろう。

遊歩道コースは崖側を小さな柵がさえぎっている、いかにもハイキングコース、といった感じの道。
ところどころに展望台やベンチがあって、ゆっくり景色をたのしめるようになっている。

今日はいつもよりスタートを早めにして、のんびりのんびり景色を楽しみながら行こう、と決めていたので、休憩できる場所ではなるべく休むようにした。

駅前の自販機で買ったペット茶を相棒にペース配分もどこで休憩を取るかも勝手気ままな一人歩き。

仕事でたまったストレスが風に流されていくような気がした。

そういえば、桜見物も今回の楽しみの一つだったんだけど、咲き加減がまだ三分咲き程度。

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峠道のところどころにちらほらと見える程度で、満開はもう少し先になりそうだ。

峠道はある地点で急激に下り始め、なぜか墓地の中を通って終わる。
この時点で時間は午後三時半くらい。
二時間歩かないうちに峠を越えたことになる。

ここから興津駅まであと2kmと少し。
しばらく歩くと『白髭神社』があるので、ここでもお参り(写真)。

近道になる海沿いの道には進まず、敢えて興津大橋を通る遠回りのルートを進む。

途中で土地のおじいさんから声をかけられた。

「ちょっとちょっと、あれ、あんたこの土地の人じゃないの。仕事で来てるの?中西さんちで仕事してる人?」

俺様のどこをどう見て土地の人間と思ったのか、パーカーにジーンズ姿、手にペット茶と携帯(すぐ写メが撮れるように)を持っていてなぜ仕事中と思われ、そもそも中西さんて誰?と謎が謎として残されたまま、そのおじいさんとは別れた。

別れ間際に興津駅までの道を聞き、素直にそのとおりに歩く。

途中に宗像神社、という結構大きな神社があった。
わき道を奥に進み、鳥居を目指す。

が、なんとその神社、興津小学校の中にある。

春休み中なんだろうけど、子供たちの遊び場所になっているようで、夕方になってお母さんたちが車で迎えに来ていた。

いろいろと事件も多い昨今、怪しげなおっさんがフラフラと小学校の中に入るのもためらわれる。
残念ながら参詣は断念して元の道に戻る。
暮らしにくい世の中になったもんだ。

興津駅には午後四時半すぎくらいに到着。
駅の近くのソバ屋『小島屋』で「とりそば」を食べて今回も終了。

といくはずが、JRが信号の故障のために上り電車が各30分くらい遅れていて、風が冷たくなった中、震えながら待たされてしまい、それから今に至るまで鼻水とくしゃみが止まらない。

なんだかんだで結局今回は10km近くを歩き、さらに石段と峠道のオプションメニューまでついた。
さすがにクタクタ。

すでに眠いし。
明日は仕事だし。
桜はまだ三分咲きだし。

それでも、無駄に歩くことは楽しい。
次回は四月二日、興津駅からのスタート。

どこまで進むのかは自分でも分からない▽・w・▽??

おまけ。
今日の石段。

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2007年3月22日 (木)

無駄に歩く、桜えびとハンサム日記▽・w・▽

昨日は休み。
いつものように昼過ぎまで家にいて、午後三時頃から電車で出かけて蒲原駅へ。

今回は『蒲原駅~由比駅編』。

前回、前々回の『富士川駅~新蒲原駅~蒲原駅』というルートはおそらく4kmくらいずつのショートコース。
今回はおそらく7kmくらいはあってやや長めの距離なので、時間がかかるだろうし、ダメージも大きそう。

だから今回は先を急がず、のんびりと休み休みの行程にしよう、と決めて歩き出す。

まず『新蒲原駅』で降り、線路下をくぐるようにして海側の道路に出る。
堤防沿いにずっと海を見ながら歩く。

気持ちがいいのでのんきに歩いていたら、やがて堤防がいったん途切れる場所に出た。
別の道に出よう、と思ってまわりを見回すと脇を走る道はパイパス。

上下合わせて4車線を自動車がブンブン走っていて横断出来る隙間なんてない。
戻らなくちゃいけないか、と思っていると下に降りる階段がある。

降りてみると海に流れ込む小さな川にかかる橋の下。
流れる水の量がチョロチョロとしたものだったので川を渡って橋の下を身をかがめながらくぐり(普通なら絶対通らないような場所だった)、なんとか向かい側の道に出る。

そこからは、旧東海道に当たる道。
両側に、いかにも旧街道沿い、というたたずまいの民家が並ぶ道をずっと西に向かって歩く。

途中に由緒がありそうな神社があるので寄り道。
飯田八幡、という神社で結構急な階段を上って本殿らしき場所で参拝。

0029

そこから少し階段を降りて裏手に出ると、桜えび館、という観光客向けのお土産屋を兼ねた和食レストランがあった。

ここからはもう由比の町は桜えび一色。
西に進んで由比川を渡るとその名も

『由比桜えび通り』

が続く。
本当に道を歩いていて見かける看板、幟の全てに「桜えび」の文字が入っている。
さらには町のイベントスケジュールを記した掲示板にも。

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さすがに心の中で

「どこまで桜えびを絡めるんだ、この町」

と、突っ込みを入れたくなる。
写真では小さくて読みづらいだろうが、ほぼ二ヶ月に一度くらいの割合で桜えび関連のイベントが行われている。

途中テレビカメラを構えた何かの番組スタッフらしき人が、よく分からないタレントさんと二人だけで撮影をしていて、しばらく同じルートを歩く。

そのままさらに由比駅を目指すとようやく「あと2km」の看板が見えた。
と、ほぼ同時に「←由比漁港」の看板も。

これは寄り道をしなくちゃ、と思って行ってみると、予想に反して小じんまりとした港だった。
ただひたすら漁船が並んでいた。0034

そこから元の道に戻り、線路沿いの道を歩いて由比駅まで。

時間は大体二時間と少し。

今回はのんびりのんびりと歩いて、寄り道もいっぱいして、掲載出来ないけど社メも今までで一番たくさん撮った。

由比駅の近くから薩多峠に向かうハイキングコースもあって、時間があればそこにも行ってみたかったけど、時間が5時を過ぎ、気温がいきなり下がってきたので断念。

駅前の食堂で身体を温めようとうどんを食べて、蒲原駅~由比駅編を終了。

由比の駅を降りると、すでにもう桜えび通りは始まっている。

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ここまで町を挙げて桜えびに取り組んでいるのを見ると、何やらいっそすがすがしくさえなる。

由比の町と桜えびに幸あれ▽・w・▽ノ

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2007年3月20日 (火)

思い出せないハンサム日記▽・w・▽

夢の途中で目覚めることって誰にでもあることだと思う。

でも、映画やドラマの演出のように、悪夢にうなされたあげく、体をガバッと起こして目覚める、なんてことは40年以上生きてきて一度も経験したことが無かった。

しかし、今朝。

それをやらかしてしまった。

ところが。

その肝心の夢の内容を覚えていない。
夢の中でもおれはベッドに寝ていて、その上から何かが落ちてきて、それをよけようとして…

気が付くとベッドの上に体を起こして、というか、起こしかけていた。
腹筋を鍛える運動の途中で目を覚ました感じだった。

体を起こして、というより何かをよけようとしたら自然と体が起き上がらざるを得ない状況だった。

夢の中では。

何だったかな~、多分、おそらく、なぜか体の上に蜘蛛がいて(天井あたり?)それが落ちてきたか、蜘蛛の体がバラバラになって落ちてきたかして、蜘蛛大嫌い男として必死にそれをよけようとして…

でも、これはいかにもありがちすぎて怪しい。
自分で勝手に記憶を再構成して改竄したものかもしれない。

覚えているのは、上半身をムクッと起こすその途中で

「あ!夢を見てて何かに驚いて上半身ごと起き上がってるよ、おれ」

と一瞬にして理解したことで、体を起こしきる前に動きを止めて、苦笑いとともに再び体を横たえた、ということである。

何だったかな~、と気になるものの、夢の内容というのは一度失ってしまうと、現実に起きた出来事とは違うまったくの脳内活動での記憶なので、もう二度と思い出せない。

でも、気になるのも確か。
何が落ちてきたのかな~?それとも誰か、だったのかな?

う~ん▽?w?▽

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2007年3月15日 (木)

見知らぬ猫とハンサム日記▽・w・▽

ただいま深夜も過ぎて早朝も近い午前四時。

週休二日のうち、おとといが定休日、今日一日仕事をして明日また休み、というこの夜、レンタルしてきたビデオを堪能して、さあ寝ようか、と思っていると猫の鳴き声が聞こえた。

現在親と同居している家には、猫が多数暮らしている。

昨年の今頃に、一人暮らしをしている頃からの愛猫ナアを亡くし、今は階下で親が面倒を見ている猫と時々遊んで寂しさを紛らわせているのだけれど、さっき聞こえた猫の鳴き声は、そのどの猫の声とも違う。

動物と一緒に暮らしている人は分かるだろうけど、やはりそれぞれの声、というものはあって、長い間一緒に暮らしていると、姿を見なくとも声でどの猫か、は分かるようになる。

その声がどの猫とも違う。

はて?と思って部屋のドアを開けると、パタパタ、と階段を降りる猫の尻尾が少し見えた。

あれ、やっぱり階下の猫かな、と思って一度部屋に戻り、そうだ寝る前にトイレに行くんだった、ともう一度ドアを開けると。

フェイントをかけられた形で不意をつかれたのか、明らかにハッとした表情で振り向いた猫がいる。

…誰だ、こいつ。

やはり、階下のどの猫でもなかった。

全身をうす茶色、やや長めの毛で覆われたその猫は、うちの猫ではなかった。
そういえばここ二、三日というもの、家の中がいやに猫のスプレー臭かった。

猫のスプレーとは、発情期なんかに雄猫が縄張りを主張するために匂い付けのために巻き散らかす、おしっことはまた別の分泌物で、これが滅法臭い。
避妊手術をしておかないとこれをやられて、家中に匂いが染み付いてしまう。

家の猫は雄雌いずれも避妊手術をしてあるのでおかしいな、とは思ったんだけれど、あまり気にもしないでいた。
しかし、これで犯人が分かった。

分かったのはいいんだけど、スプレー臭く感じたのは二、三日前からのこと。
とすると、この猫数日間もこの家のどこかでひそんでいたんだろうか?

二階のベランダに通じた部屋は、猫を日に当てるために部屋のドアと窓を開けたままにしていることが多い。

それでも何匹かの猫のいるこの家に忍び込もうとする猫って今までほとんどいなかったんだけど。

とすると、少しかわいそうになった。
忍び込んだ、はいいものの、ドアと窓を閉められて逃げ場を失い、見知らぬ他人の家の中でひっそりと身を潜めていたんだろう。

現在二階は三部屋あるうち、おれが使っている一部屋しか使われていない。
空いている部屋は物置代わりに使われてドアも開けっ放し。

その部屋に入れって隠れてしまえば、普段は誰も入ることの無い部屋で、しかも二階自体、夜遅くにならないと俺自身が仕事から帰ってこない無人の状態。

まあ、忍び込んだままも不可能じゃないのかも。
実際猫はそこにいるし。

というわけで、今現在見知らぬ猫がこの家の中にいる。
ベランダに通じた部屋のドアを開けっ放しにしたので、出て行くことは可能なんだけど…猫ってパニックを起こすと前後の見境をなくすほど慌てまくるから、そのドアの向こうに住み慣れた外の世界がある、とは気がつかないままかもしれない。

名づけて忍者猫の運命や如何に。

…もう一度見て来よう▽・w・▽

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2007年3月12日 (月)

君と僕の壊れたハンサム▽・w・▽

ライトノベル、というジャンルがある。

ジャンルといっても物語全体の傾向を指すわけではなく、昔風に言うならYAを主な読者層に想定した物語の総称。

中高生あたりの世代をターゲットにして、登場人物もほぼ同世代、ミステリーあり、異世界ファンタジーありの品揃えだ。

今、このジャンルに興味がある。

ライトノベルを主な活動の舞台にしている作家の小説をいくつか読んでみて(その時点で本読みの間ではすでに話題になっていたから)、そのいずれもがなかなか面白かったからだ。

『GOTH』の乙一

『ブギーポップ』シリーズの上遠野浩平

を読んでみたのが始まり。

それからいくつか読んでみて、今回読んだのが

『僕と君の壊れた世界』 西尾維新

だ。

若者向けの作品に多く見られるように、この物語も主人公である少年の一人称で語られる。

饒舌にして理屈っぽい文体、でも決して読みにくいということはなくて、作品内容とよく合った語り口。

物語としては、けっこうとんでもない内容なのに、それに違和感を感じることなく、なるほど、このキャラクターならこうするだろうなぁ、と感じられる。

とんでもない、という要素はいくつかあるんだけど、代表的なものをあげれば、一応物語の中で殺人事件が起き、その謎解き、犯人当てがある程度物語の中心に据えられるのに、事件の謎が解かれ、犯人が指摘され、犯人にそのことが告げられても、誰も警察に逮捕されたり、もちろん自首なんてことをしようとはせずに、それまでの日常生活が普段どおりに行われていく、というものだ。

この物語をストレートにミステリーと呼んでしまっていいのか、という問題もあるけど、それはちょっと脇に置いて(どっこらしょっと)考える。

ミステリーという人工的な物語の世界には、人工的であるがゆえの暗黙のルール、みたいなものがある。

例えば、

事件の解決に至るまでの間に、読者に対しても公平に、謎を解き、犯人を指摘するに足るだけの事実が提示されていなければならない、

とか、

真犯人が精神異常者であってはいけない、

とか(それだと、トリックも動機も必要なくなってしまう、という理由。最近のサイコパス、シリアルキラー物は微妙に抵触しないみたいだ、一応動機みたいなものはあるし)、読者も物語の登場人物たちと一緒に事件の謎を解き明かすことについて、作者にフェアプレーを求めたルールが多い。

そのなかの一つに、殺人を起こした犯人は、必ず罰を受けなければならない、というものがある。

これは、警察に逮捕され裁判を受け、受刑する、という一般的な罰の他に、犯人が罪を認めた後に自殺するとか、つまり殺人を犯した人間が、そのまま幸せな人生を歩むことを許さない道徳的な側面が大きいものだ。

このルールがあるがゆえの悲劇的な結末を迎える作品もけっこう多い。

でも、最近のミステリーには、このルールの壁を破ったものが目立つ。
しかも、作者がそのルール破りに悩むそぶりを見せることなく、ひょい、と乗り越えたって感じのものが。

ゴリゴリのミステリーマニアではないので、そこらへんは、まあどうでもいいんだけど、それにしても、この『君と僕の~』のエンディングパートのあっけらかんとした普段どおりぶりは、なんと言うか、スコーンと突き抜けていて気持ちいいくらいだ。

ただ、その普段どおりの世界そのものが…

というのがタイトルにもつながる、この物語世界にしかけられたある意味トリックにもなるわけで、この西尾維新という作者、今更だけど、日常使っている言葉で、その日常をひっくり返してしまうような、すごい物語を描ける作家なんだ、と認識。

今のところ代表作である、『戯言』シリーズも早く読んでみたいものである、うむ▽・w・▽

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2007年3月11日 (日)

おっさん丸出しハンサム日記▽・w・▽

以前、今の職場にはまるきり女っけがなくて、まるで砂漠に暮らしているみたいだ、という意味の日記を書いたことがある。

ところが最近二週続けて、配膳会から若い女性が派遣されてきて、一緒に働く機会があった。

だがしかし。

その女性たちが、何がしか乾いた心に潤いを与えてくれたか、といえばそんなこともなかった。
砂漠が緑化されるようなことはなかった。
ラッパを持った天使が頭のまわりを飛び回るようなことは、なかったのである。

先週派遣されてきたのは、学生アルバイトの子で、B三島で勤めていた時にも何度か一緒に仕事をしたことがある相手だった。

見慣れた相手だけに新鮮さも感じず、仕事に関しても初めから期待はしてなかったし、実際仕事振りもそんな感じだった。

今日来たのはもう少し年上の女性。

仕事振りを見て質問をしてみたら案の定以前は南伊豆の旅館かホテルで働いていたことがある、とのことで経験者であることが判明。

婚礼の二次会で予定以上の人数が出席して忙しくなり、お開きになって片付けて顔を見てみたら幾分やつれているくらいにがんばってくれる人だった。

ただ、まあそれ以上に感じることはなく、もちろん仕事をする相手、というだけで潤いを感じるも何もまったく、完璧コンプリートリーにこちらの勝手なんだけど、それにしても自分の中の、死んださんご礁みたいにポキポキと枯れた心境はどうなんだろう。

昔だったらな~、どの子が可愛いとか、可愛い子が一緒の部屋にいないから働く意欲11%くらいだ、とか案外本気で言っていたのに(Tっつんがいなくなってから、この意欲が50%を超えることは決して、ネヴァーなかった)、ああ、おいらも年を取ったもんだ。

そりゃぁね、普通の暮らしなら子供が高校生くらいの年齢なんだから、枯れる部分もでてくるよね。

最後にまったく関係ないけど、FUNKY MONKEY BABYSの『Lovin’ life』という曲、今の季節一番のお奨め♬
聴いてちょーだい▽・w・▽ノ~♪

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2007年3月 9日 (金)

枕も濡らすハンサム日記▽TwT▽

一時間近くかけて書いていた日記、キーの打ち間違いをして訂正しよう、何文字分か前に戻そう、とEscキーを押したら、回数を押し過ぎてしまったらしく、書いた日記が全部消えてしまった。

慌てて右クリックして「元に戻す」を押そうとしてもなぜか薄文字のままで再表示出来ず、つまり全部パーになってしまった。

カレーについて熱く語ったおれの日記が、みんなに知らせようと書いたカレーマップが全部、一瞬にしてこの宇宙から消えうせてしまった。

寝よう。
みんな悪い夢なんだ▽TwT▽

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2007年3月 7日 (水)

役に立たないハンサム日記▽・w・▽~)

今日(3月6日)は夜からの出勤ということで午前中から昼過ぎにかけてのんびりと過ごせた。

先月に一度退院して熱を出し、翌日には病院へ再入院していた父親は、先月下旬に再退院して、今は在宅介護が始まっている。

入院中に食事制限を守ったことで、かなり状態は良くなり、意識もはっきりとしている。

しかし、普段は家の中で母親と父親の二人きり。
デイケアセンターへは今月から通えることになっていて、今は連絡待ちの状態だ。

母親が朝食、昼食を摂らせて薬を飲ませ、昼過ぎに買い物に出かけるのと交代に階下に降りて、母親が戻る二時間ほどの間、父親が勝手に食事をしたり家の外に出ないようにする。

食事の世話も、下の世話に関しても今は母親にまかせきり。

せめて、休日か夜からの出勤の時には、母親が買い物をする間、なるべく父親の様子を見るようにしている。
出来るのは部屋に行って声をかけるくらいだけど。

糖尿病の病状が落ち着いて意識レベルがはっきりとしていれば、家の中にいる限り以前と変わることの無い生活をすごせているようだ。

しかし、これから病状が進めば、よく聞くように、息子である自分のことさえ分からなくなるようになってしまうのだろうし、そして、その日は多分遠い未来では無い。

入院中に見舞った時には、いい歳をしてまだ独身のおれの身を心配している父親と色々と話をした。

不肖のせがれとしたは、ただ、うんうんそうだね、と相槌を打つくらいしか出来なかった。

退院してからは、せめて話し相手になろう、と思っていたのだが、仕事を終えて家に帰り着き、父親の部屋まで行くと、すでに明かりも消えていて、暗闇の中から寝息が聞こえてくるばかり。

起きている時でも

「ちゃんと薬飲んでる?」

くらいしか、話すことがなかったりする。
元々、年老いた父親と大人になった息子の間の会話なんてそう弾むものでもない。

家にいれば何か役に立つこともあるだろうと、ランチ時に予約が入っていない日には、週のうち何日かを夜からの出勤にしてもらっている。

しかし、昼過ぎまで家にしても、今のところ、介護に関してはほとんど役に立っていないのが現状だ。

まだ、介護の専門家との話し合いを持つ機会がなく(母親と兄は済ませている。日曜にも出勤することが多いおれとは、スケジュールが合わずに、未だ実現していない)、家族として何を心がければいいのか、もよく分かっていない。

今はなるべく、父親に声をかけ、その父親の面倒を見ている母親の話を聞くようにするだけだ。

先は長い。
きっと、まだまだ長い…

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2007年3月 4日 (日)

夜のピクニックとハンサム▽・w・▽

恩田 陸さんの『夜のピクニック』を読んだ。

嫌な予感はあった。

読み始めてしばらく進んだ24ページ目。

やばい、と思った。
これは…

これは、この本を全部読み終えるまで眠気がやってこないな、という予感。

ある地方の高校に、丸一日をかけて約80kmの道のりをただ歩く行事がある。
代々その高校に伝わる行事で、卒業して何年経っても卒業生の間で何よりの思い出として語られる壮大にして無意味な夜のピクニック『西高歩行祭』。

物語の主人公は二人。
二人ともその高校の三年生で、つまり毎年参加してきたこの行事も今回が最後となる。

一人は男子で名前は西脇 融。
もう一人は女子で、名前は甲田貴子。

二人は同じクラス同士で、ひそかに「できてる」とか、「つきあっているらしい」などと噂されている。

しかし、実はろくに会話を交わしてこともなく、お互いに相手のことを「あっちはこちらを嫌っていると思うよ」と語るくらいに、お互いを避けている関係だ。

この二人、異母きょうだいなのだ。

西脇 融の父親が浮気した女性との間に生まれたのが甲田貴子。

周囲にその関係をひた隠しにしているため、必要以上にお互いを意識してしまい、その不自然さが関係を疑われる理由になっている。

融は意識的に貴子を避けている、というかほとんど無視。
父親の浮気と浮気相手の出産、という事実が露見して家庭は崩壊してしまい、その罪滅ぼしのようにして父親は他界してしまう。
それが数年前。

融はその葬式に現れた甲田親子を怒りと憎しみの目でにらみつけ、未だにその時の気持ちを忘れることが出来ないでいる。

貴子も、その時の融の目、視線の鋭さを忘れることが出来ず、あからさまに自分を無視しいている融への複雑な感情を持て余している。

そんな二人が同じ高校に入り、しかも最終学年になって同じクラスになってしまった。

なんとなく雰囲気が似ていて、お互いを必要以上に避けている様子が親友からさえ関係を疑われることになっていることを、二人は気づかないまま、高校生活最後の行事である『歩行祭』を迎えた…

貴子が自分自身に課したある賭け、とは何か、周囲に二人の関係が明かされる時が来るのか、お互いをきょうだいと認めあうようになれるのか、行事の進行とともに二人の関係がどう変わるのか。

案の定、読み終えた時には夜が明け始めていた。

悪意が無くても物語は成立するし、特別な事件が起きなくても謎は存在し、やがては解き明かされるのだ、ということがこの物語を読むと理解出来る。

二人を取り巻く友人たちの優しい誤解が微笑ましく、強い気遣いが二人を支えている。

もう卒業して二十年以上経つ高校生活だけど、この物語を読み終え、一眠りして目覚めれば、その時代がまた始まるんじゃないか、と感じてしまうような物語。

恩田 陸さん『夜のピクニック』

まさか、まだ読んでいない人はいないと思うけど、もしいたら…早ければ早いほどいい。

是非ぜひ読んでみてください▽・w・▽ノ

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2007年3月 1日 (木)

どろろを観てきたハンサム日記▽・w・▽

妻夫木聡+柴咲コウ主演の映画『どろろ』を観た。

感想としては、面白かったけど…といった感じ。

冒頭、中井貴一扮する武将が天下を獲るために魔物の力を利用し、その代償として我が子の体を48体の魔物に捧げる契約を交わす。

その体の48個所を奪われた子供、というのが妻夫木くんで、登場したばかりの時には、決まった名がない。

成長した子供は、奪われた体を取り戻すための魔物退治をしていて、その途中で出会うのが柴咲コウ扮する盗人。

柴崎コウにも、この時点では決まった名が無い。

出会った二人が言葉を交わし、柴咲コウが妻夫木くんに名を尋ねた時に、「どろろとか、百鬼丸とか呼ばれている」と答え、「どろろ」という名を気に入った柴咲コウが、以後自分を「どろろ」、妻夫木くんを「百鬼丸」と呼ぶようになる。

どろろは、本当は女の子なのに、男の子の振りをしている役、で原作である手塚治虫さんの漫画では、もう少し幼い年齢に描かれている。

20代半ばの柴咲コウでは、いくらなんでも女バレバレなんだけど、まあそこは気にしないことに。

この後二人は各地で魔物を退治しながら旅を続けて絆を深めていく。

一体の魔物を退治するたびに百鬼丸は自分の体の一部を取り戻していく。
右腕が、目が、肺が、そして自分の声が戻ってくる。

そうして旅を続けるうちに、二人がたどり着いたのが、中井貴一扮する醍醐景光の領地。

そこから…

がお楽しみ。

感想として、面白かったけど、と書いたのにはもちろん理由があって、まず百鬼丸が退治する魔物の造型が、いかにも作り物くさくて、あれはまずい。

多分子供も観るから、ということでああなったのかもしれないけど、今時子供向けの特撮ドラマでもあんなクリーチャーでは笑われてしまうだろう。

アクションシーンにも新しさがない。
殺陣やワイヤーアクションにしても、今まで何かの映画で見たようなものばかりで、妻夫木くん自身ががんばっている部分も多いんだけど、激しすぎてスタントバレバレのシーンがほとんど。

あと、柴咲コウ演じる、どろろ。

魔物におのれの体を奪われた男の復讐譚、という陰惨になりがちな物語に緊張の緩和をもたらすコミックリリーフ、道化者の役割がどろろ。

盗人で男の振りをして、戦乱で両親を失ってからたった一人で生きてきて、言葉遣いもめっちゃ汚い。

きりっとした顔立ちの柴咲コウ、適役かも、と見る前は思っていて、実際可愛いんだけど。

道化者、ということで突然体の脇にぶらさげている太鼓を叩きながら歌い出したりするんだけど、それがもう観ていて恥ずかしい。
これは、一緒に観に行った人も同じように感じていたらしい。

映画を見る前に第二作、三作の製作が決定した、という情報を知っていた。

でも、ストーリー上の重要なテーマである、百鬼丸やどろろの生い立ちに関するドラマ部分は、もうこの第一作目でほぼ決着している。

あとは、二人が段々お互いに惹かれあっていくとか、いったん別れてまた出会うとか、くらいしか描きようがない(肝心の魔物退治があれじゃ…)と思うんだけど。

この物語、なんと言っても原作が手塚作品の中でもカルト的人気を誇る名作。
名作によくあるようにこの物語も未完のまま、手塚さんはお亡くなりになってしまった(ブラックジャックも、三つ目が通るも…ちくしょーめ!)。

たしか一度だけアニメ化されているはずだけど、何しろ物語のテーマ自体、暗く、重い。

なかなか映像化されなかった作品だけに、期待は大きく、感想も厳しくなりがち。
それでも、来年から製作が始まるという続編にさらなる期待を抱くのは、なんだかんだ言って、この二人の旅の続きをまだまだ見たいから。

とにかく、妻夫木くんがかっこよくて、柴咲コウが可愛い。
それだけで、十分かも▽・w・▽~)

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